「失われた20年」と呼ばれた平成の時代、東京地検特捜部は、バブル経済の崩壊を契機に、それまで“聖域”とされてきた政治家・大企業・裏社会の癒着に本格的にメスを入れ、大型経済事件を次々と摘発していった。

1998年1月、特捜部はまず「大蔵省OB」の逮捕、続いて大蔵省本省への強制捜査に踏み切った。それと同時に、第一勧業銀行から「過剰接待」を受けていたノンキャリアの「金融検査官」2人を逮捕した。

「金融検査官」とは、銀行の「不良債権」や焦げ付き融資の有無を厳しく調査する職務であり、バブル崩壊後の金融システム再建において、極めて重要な役割を担っていた。
逮捕容疑は、第一勧銀などの金融機関から接待を受けた見返りに、本来は「抜き打ち」で行うべき「金融検査の日程」を事前に漏洩し、検査に「手心」を加えるなど便宜を図っていたという、重大な収賄の疑いである。

問題となった接待場所のひとつが、東京・新宿区歌舞伎町にあった「ノーパンしゃぶしゃぶ店」だった。大蔵官僚の間では、同店での接待が一種の“ステータス”として持てはやされていたという。

そして事態は、思わぬ展開を見せる。逮捕された金融検査官の元上司で、「ノンキャリアのエース」と称された人物が、突如、自ら命を絶ったのだ──。

捜査の裏側で何が起きていたのか。いまだからこそ明かせる関係者の証言や取材メモをもとに、事件の知られざる舞台裏の一端を描く。