執筆が始まる

こうしたリアルな情報をもとに、いよいよAI橋田壽賀子が脚本の執筆を始めました。

脚本づくりで何よりも重要なのは「キャラクターを立てること」だと、改めて実感したのもこの作業でした。

愛と誠はすでに橋田先生が作り上げたキャラクターなので、その人格に沿って自然にセリフを生ませることができました。娘のさくらも、橋田ドラマに登場する若者たちの延長線上にいるような人物として描けました。

しかし、今回新たに登場する「メイド喫茶の店長」は非常に難しい役でした。

AIが最初に出してきた店長像は、あまりにも無味乾燥で、感情の見えない“接客マナーの良い人”ばかり。橋田ドラマに出てくるような“ぶつかりあい”のある強い人物にはなりませんでした。

そこで、店長は「怒りっぽくて母性的で、お店で働く若いスタッフたちを守る存在」という強い設定を与え、プロンプト(指示文)を何十回も書き直しました。ようやく、橋田ドラマらしい“きつさ”や“ぬくもり”を持った人物が生まれてきました。

また、AIのセリフについても、ある違和感を覚えていました。

論理的ではあるけれど、どこか心が通っていない。まるで正解を並べたようなセリフに、感情のうねりが感じられないのです。

そこで気づいたのが、橋田ドラマのセリフには“論理的誤謬”がある、ということでした。感情が高ぶったとき、人は理路整然とは話さないものです。思い込みやすり替え、話のすり抜けや極端な結論…。そうした“感情の飛躍”こそが、橋田ドラマのセリフのリアルさを支えていたのです。

それに気づいてからは、あえて「論理的誤謬を含めてセリフを書くように」とAIに指示を出しました。すると、急に人間らしいやりとりが増え、セリフに“熱”が宿ってきたのです。

そうして生まれた脚本を、2024年の年末、私たちは満を持して石井ふく子プロデューサーにお見せしました。

「この台本には、心が無い」

ところが、石井さんから返ってきた言葉は、思いがけないものでした。

「この台本には、心が無い。気持ちが伝わってこないのよ」

技術的にはやりきったつもりだった私たちは、深く落ち込みました。それでも、AIに自己分析をさせ、石井さんの言葉を共有しました。すると、AIが出した答えは、「キャラクターの深掘り」「対立構造の強化」でした。しかし、それらはすでに実行済みです。

そこで、私たちは改めて考えました。

「人間は、感情を受け入れるのに“時間”が必要なのではないか?」

議論で何かを言われた瞬間には、すぐには納得できない。気持ちが整理され、相手の思いを自分の中に落とし込むには、沈黙や戸惑いといった“プロセス”が必要なのではないかと考えたのです。

その発見をもとに、脚本に“感情の余白”を加えていきました。

誠がさくらと愛のケンカに挟まれて、どうしていいか分からず、公園でひとり考え込むシーンを新たに書き加えました。

これまでの橋田ドラマなら、家の中で家族がぶつかりあう“密度の高い会話”で物語が進んでいくのが定番ですが、今回はあえて「沈黙」や「孤独に向き合う時間」を描きました。

誠は、とても繊細で、不器用な人間です。そんな彼が、ベンチにぽつんと座り、「自分はどうするべきなのか」と頭を抱える姿に、私たちは“心が動く瞬間”を託しました。

そして年明け、もう一度石井さんに脚本をお見せしました。今度は、「ずいぶん良くなったわね」と言っていただくことができました。