日本を代表する山岳リゾート松本市の「上高地」。ここに、およそ100年前から続く診療所があることを、ご存じでしょうか。観光客や登山者、そして地域の人々に寄り添う山の中の診療所を取材しました。


標高およそ1500メートル、北アルプス南部の玄関口に広がる「上高地」。
豊かな自然や絶景を求め、年間150万人以上が訪れます。

神奈川県から:「緑もすごくきれいで。(心が)穏やかになるというか」
愛知県から:「(目的は)スケッチです。特に雪が残っているこの穂高と緑の鮮やかさとのコントラスト。抜群にきれいですよ」
クロアチアから:「驚くほど美しい。山、澄んだ川、緑、本当に美しい」

世界に誇る山岳リゾート。その一角に「東京医科大学上高地診療所」はあります。
6月上旬。昼すぎにやってきたのは、登山者の女性です。

医師:「どこでどうされました?」
女性:「えっと…木道で滑って」

女性は、上高地から6キロ余りの徳澤近くでトレッキング中に、足を滑らせ転倒。
右足のスネを切ってしまったようです。

山の中の診療所が担うのは、「プライマリーケア」すなわち初期治療。
医師が傷の状態を確認し、消毒と保護を行います。

牛谷将博医師:「怖いのがここから感染すること。ここが感染すると蜂窩織炎(ほうかしきえん)とかどんどん膿がたまっていっちゃう」


毎年4月の開山から11月の閉山までのおよそ7か月間、医師が交代で常駐し、こうして診療にあたっています。

医師:「今のところ初期対応だけで、福島に帰ったら受診してもらったほうがいいと思いますので」
女性:「はい、ありがとうございました」

女性:「すごく助かります、化膿しちゃうかもというのが心配だったので、応急処置だけでもやってもらえるのがすごく助かります。なのでちゃんと(病院に)行ってきます」


診療所の始まりは、およそ100年前。上高地をよく訪れていた東京の医学生が旅館で健康相談に応じるようになり、昭和2年=1927年に診療所を開きました。

昭和32年=1957年には現在の場所へ移転。東京医科大学の附属施設として、現在まで続いてきました。長年、診療所に携わり所長も務めた荻原幸彦医師。

ここで働く医師に求められるのは、「すぐに搬送すべき状況か」を見極めることだといいます。

上高地診療所 荻原幸彦顧問:「地元の方々も非常に頼りにしてくださる。意外と観光客の方でお礼の手紙とかね、来るんですよ。そういうものを見ますと、もっと頑張ろうかという気持ちになります」


診療所の医師は東京・新宿の東京医科大学病院から派遣され、数日から1週間おきに交代します。

この日、当番の掛谷和寛医師は、消化器内科が専門です。

掛谷和寛医師:「信州大学を卒業して、改めて長野県の医療に携われたらと思っていまして、またとない機会で」

ほかにも外科や産科、眼科まで、さまざまな専門分野の医師が携わります。

設備や薬などが限られた環境の中での診療は医師にとっても、基本に立ち返る良い機会になるといいます。


掛谷和寛医師:「基本的に薬剤が、注射液とか内服薬とかここにある限りなので、限られては正直いるなと思ったんですけど、例えば抗生物質の入った軟膏だったり、あとはアナフィラキシー、蜂に刺された時に使う薬だったり」

保険診療を扱っているのも大きな特徴です。診療の結果、必要があれば救急車を要請し、ふもとの病院へ搬送します。

患者の数は、1日に平均するとおよそ2人。

コロナ禍は落ち込んだものの、毎年400人~500人ほどが受診しています。


「掛谷先生、お疲れ様です」

4日間滞在した掛谷医師は、この日の午前中で勤務終了。先輩医師に医療費の計算方法や報告書の残し方などを引き継ぎ、東京に戻ります。

すると、さっそく…

「仕事です!降りてきてください。患者さんです」


千葉県から訪れた中国籍の男性。

管理人の後藤秀寿さんが、手早く受付の対応をします。

大きなけがではなさそうですが…

「えーっと、足が痛い?」
「そう、だいたいこのあたりで。運動しすぎが原因かなと思って」

膝に痛みを訴える男性から、丁寧に聞き取りをします。


医師:「転んではないんでしたっけ?ぶつけたりとか」
男性:「ないです」

感染症の心配もなく、すでに痛みもひき始めていることから、痛み止めの薬を処方し様子を見てもらうことにしました。

牛谷将博医師:「最終診断はつけられないのでそこはきょう帰るということだったので大きな病院で診てもらう」

男性:「いつも通り痛みが出ているんですけど、お医者さんの意見を聞いたらちょっと安心はしました」

「お大事にしてください」「ありがとうございました」

診療所が寄り添うのは登山者や観光客だけではありません。
この日は多くの人の姿が。
周辺の宿泊施設や土産店などの従業員を対象にした健康診断です。


町会の依頼で数十年前から年に1回実施していて、今年も2日間でおよそ300人が受診。レントゲン車も派遣され、看護師や技師などスタッフを増やして対応します。

上高地観光旅館組合 青栁浩一郎組合長:「町の病院が車で1時間はかかる場所にありますので、ここに診療所があるというだけでも安心して働いてもらえる」

夏山シーズンに向けて、にぎわいが増す上高地。
訪れる人にも、働く人にとっても頼れる診療所が、健康と安心を支えています。