9月に開催される東京2025世界陸上のマラソン代表に選ばれた吉田祐也(28、GMOインターネットグループ)。昨年12月の福岡国際マラソンで日本歴代3位となる2時間05分16秒の大会新記録で参加標準を突破し優勝。青山学院大出身では初のマラソン代表に選出された。

青学大の4年時に出場した箱根駅伝では4区で当時の区間新記録(1時間0分30秒)をマークし総合優勝に貢献した吉田。“青学の吉田”から世界を目指し日の丸を背負う選手になるまで、その裏には吉田が目標とする大迫傑(34、Nike)と恩師・青学大の原晋監督(58)の存在があった。初の代表切符を掴んだ吉田が語る2人の存在、そして世界への思いに迫った。

吉田が体感した世界の厳しさ

Q.代表選出おめでとうございます。

吉田:ありがとうございます。

Q.(3月26日の)代表決定まで長かったですか?

吉田:そうですね、12月(のレース)が終わってから結構長かったですね。

Q.別府大分で結果を出して(当時、青学大4年で初マラソン日本歴代2位となる2時間8分30秒日本人トップの3位を記録)、実業団の道に進んで、そこから日の丸背負うまで苦労した?

吉田:やっぱり辛かったこととか苦しかったことは結構多かったんですけど、アメリカとかケニアで合宿してるときは特にいい経験になったなと思って。世界を見据えたときに、ああいう経験がないと多分箱根のまま、箱根にとらわれたまま終わっていたと思うので。大迫さんとか、海外の選手を通じて自分自身がレベルアップすることができたので苦しかったですけど、なくてはならない経験だったなと思ってます。

Q.海外の合宿で一番苦しかったことはなんですか?

吉田:一番苦しかったことはもうたくさんあるんですけれども、高地トレーニングをしてまず異国の地で言葉も通じないですし、挙句の果てに体調不良で練習もできないですしっていう。なんかすごく自分が弱いなっていうところを、思ってしまったことが一番自分の中で自分の価値を下げてる感じがして。すごくそれが辛かったかなという感じですね。

Q.そこからどうやって立ち直った?

吉田:強い選手を見て、何か弱い部分ばっかり比較をしてたんですけど、自分自身には自分自身の良さがあるって思って。自分自身ができることって言ったら、やっぱり青学のこの延長線上でやることが一番自分の中でいいのかなと思った。海外に行って、大迫さんの世界に向かっていくマインドを受け継ぎつつも、自分なりのやり方でやるっていう方向性に変えたときに、一気に記録が出始めたので、自分の方向性として一つ確立できたと思います。

Q.大迫選手の“大きなところに立ち向かって1人でやっていく”っていうのを貫く姿勢、あの辺りとかを学べた?

吉田:世界で戦っていくときにどういう気持ちで向かっていく、どういう組み立て方をしてるかっていうのを見て学んだので、それがすごく今の競技生活に生きてるなと思います。

Q.それプラス、今の青学の練習がある。

吉田:そうですね。基礎となる部分がっていうところですね。

「大事なことは魔法が解けてから」世界を目指すきっかけは大迫

Q.マラソン代表会見でもすごくその辺りの言葉が気になっていて、“箱根、青学の吉田”じゃないっていうところ。

吉田:あまり言い方はよくないですけど、メディアで取り上げていただくのってほんの一瞬だと思いますし、よくシンデレラストーリーだって自分のことを言ってくださる方がたくさんいるんですけど、大事なことっていうのはやっぱり魔法が解けてからだと思います。今自分がどういう方向性に向かって、何を実行して実現できてるかっていうことの方が僕は一番大事だと思っているので、日本代表という形で結果を出したっていうのが、今すごく嬉しく思います。

Q.日の丸を背負って東京世界陸上で走ることになりますが、改めてどんな走りを見せたいですか?

吉田:世界を目指したいというきっかけが大迫さんだったので、その大迫さんの取り組み、東京オリンピックの前の取り組み(アメリカ合宿)を見ているっていうのがやっぱり僕の中ですごく大きな強みだと思います。大迫さんの取り組みとか過程を越えて、今度自分がその取り組みを体現して、順番を越えていきたいなと思っています。

練習は国内で「堅実にレベルアップ」

Q.今回は原監督もおっしゃってますけど、海外に行かない方向?

吉田:行かないですね、今回は菅平(長野)でという感じですね。

Q.何かそこはご本人的には考え、意味あるんですか。

吉田:そのやり慣れた環境でまず練習のグレードを上げる方が僕の中では一番強化策だなと思うので、リスクを取るような選択をせずにまず堅実にレベルアップしていくっていう方向性を取ったっていうイメージですね。(海外に)行っても別に全然構わないという感じなんですけど、(本番の東京世界陸上は)日本国内の暑さもありますし、その暑熱対策とか、諸々考えたときにやっぱり国内の方がベストなのかなというところでできればと。

「青学の吉田はなんか嫌」過去にとらわれず吉田が体現したいこととは

Q.先ほどの言葉で非常に心に刺さった一つが箱根駅伝の話。通用しないって話を改めて伺ってもいいですか?

吉田:通用しないというか、何のことかわかってないっていう言葉が正しいですね。アメリカはどちらかといえばトラック競技も盛り上がってますしケニアはワールドマラソンメジャーズみたいなマラソンが盛り上がっていて。一部の留学生とかが箱根駅伝を知ってるという感じだったんですけど、日本でこれだけ盛り上がってる楽しい文化なはずなのに、海外にこれを知られてないっていうことがちょっと残念だなっていうふうに思ったという感じですね。

Q.「福岡を勝った吉田」の方が知られたと?

吉田:もしくはマラソン自己ベストいくつなんだって言ったときに2時間7分05秒なんだって言ったら5分台目前なんだなとか、メジャーズはどうなんだみたいなことを聞かれたりとか。向こう(海外)だとやっぱり大迫さんがメジャーズで何回も入賞してるので、大迫さんのことを知ってる選手がたくさんいますけど、箱根を走った選手はあんまり知らないみたいな。自分の中で残念だと思ったのが、箱根駅伝っていうすごくいいコンテンツなのになんで知られてないんだろうっていうことと、何か自分の実績はやっぱりマラソンで見られてるんだっていうこと、理想と現実の乖離というか、何かいろいろ感じたっていうところですね。

Q.“箱根の吉田”ともう言われたくないのかなと。

吉田:言われたくもないですね、正直。時が止まってますし僕も先ほど申し上げたように、ちやほやされて有頂天になってるというふうに思われたくもないですし、今は箱根駅伝というものも5年前に過ぎてることだから青学の吉田って言われるとなんか嫌だなとは個人的には思います。

Q.福岡で結果が出たことによって、マラソンの吉田選手になったのかなってすごく感じますがいかがですか?

吉田:そうですね。青学で練習してるので青学の吉田って言われてしまうのは仕方ないことなんですけれども。個人的には青学の吉田って呼んでもらっても全然構わないんですけど、やっぱり大迫さんが僕に見せてくれたみたいに今度はそのやり方を後輩たちに体現して見てもらいたいっていうのもあるので、そういった形でまた世界を目指す選手が少しずつ増えてくれたら個人としてはすごく嬉しいかなと思います。

吉田祐也選手

恩師・原監督が与える影響とは

Q.原監督は選手のことを考えてる人だなと思って。

吉田:確かにおっしゃる通りですね。なんかEXPO駅伝(実業団と大学生のトップチームが参加するレース)も結構過激なことを言ってましたけど、あれもみんなに注目させることを目的にしてますので、何かそういった仕掛けを作るっていう点でもすごいなと思いますね。

Q.だからちょっと調子が悪い選手とかいたとすると、囲み取材(記者が取材対象者に対して囲んでインタビューを行うこと)は全部監督が喋ってるみたいな。

吉田:そうですね。なんかあんまり近寄らせない感じですね。よく見てますねやっぱり選手のことを。

Q.だから選手たちもすごく、心を開いてというか。

吉田:選手に対して深く干渉はしてこない感じですね。メディアにもたくさん出てますし、マネージャー、学生主体でやりなさいっていう方向性に向けている状況。そんな学生主体でも何か環境は監督が与えてて、その環境のもとで選手が自然に強くなっていってるっていうようなイメージがあるので、徹底的に管理してるっていう感じじゃないイメージがありますね。

Q.それで箱根を勝つんだからすごい。

吉田:やっぱりそれだけのメソッドがあるんだと思いますね。

Q.実際、吉田選手はどんな練習メニュー?

吉田:練習メニューは概ね学生と一緒なんですけど、大体3割増しぐらいですかね。練習内容は3割増しで、トラックに向けて練習をやっているという感じ。マラソンになると多分監督が出すメニューを単独でやって一緒にやるところは一緒にやるみたいな感じですね。

Q.これから先、しばらくどのようなトレーニングをメインでまずやっていくのかなと思うんですが。

吉田:7月まではトラック練習という感じですね。7月から9月の2か月間でマラソン仕様に仕上げていく感じなんですけど普段の練習量も多いですし、マラソン練習から全く乖離してるわけではないので、今はトラックを楽しもうという感じで監督が10000mだったり、日体大の5000mだったりに出て、自己ベストを狙ってその勢いで行こうかっていう話をしているので、ずっとマラソン練習をしてるっていう感じじゃないですね。

Q.学校で学生たちと話をしました?

吉田:一応ちょっとだけ話しましたね。どう思ってるかわからないですけど、身近にそういう選手がいることを何か刺激に思ってくれたら嬉しいですかね。

Q.青学では初の世界陸上、オリンピックの代表。

吉田:あんまり初っていう意識がないですね。僕自身も普通に競技が好きでやっていて、卒業したと同時に今はマラソン競技でっていうところだったので、どの大学出身かっていうのはあまり考えてないという感じです。

Q.吉田選手よりもたぶん原監督が一番喜んでるのかな。

吉田:喜んでるかもしれないですね。

東京世界陸上で目指すは大迫の記録

Q.改めて最後に東京世界陸上の目標をお願いします。

吉田:目標はやっぱり大迫さんの順位を超えて、自分自身が日本のトップになるということを意識して頑張っていきたいと思っています。

Q.大迫さんの記録というのは東京オリンピックの6位ってことですか?

吉田:6位ということですね。6位を超えて自分自身がメダルに近づけるかどうかわからないですけど、今やれる最大限の努力をした結果がメダルだと思っているので、もし仮に結果が出なかったときに言い訳として挙げられそうなことはもう初めからやらないっていう努力をして、当日を迎えられればと思っています。

Q.レースを見てるファン、観客にここを見てくれというポイントはありますか。自分の強いところ。

吉田:強いところはそうですね…引退を元々しようとしてたので、その選手が覚悟を持って取り組んでいるというところを見てもらえたら嬉しいですね。

Q.走りについては?

吉田:後半は強くなりましたね。35キロ以降は耐えられるようになったので、最後まで上位争いをできるぐらいの力をつけられたというふうに個人的には思っている。上位争いをしてる最後まで見逃せないっていうふうな走りをしているところを注目してもらえればって思いますね。

Q.国際レースは今度、ペースメーカーもいないし、結構ペースがぐちゃぐちゃになると思いますが、自分はどの辺とかポジションも、考えたりする?

吉田:アメリカでレースをしたときもそうだったんですけど、いきなり訳もわからない飛び出しをすることもやっぱり多いなって思っていたので、訳のわからない飛び出しにはまずは突っ込まない。自分の力を無理したようなペースにはまずつかないっていうことが大前提であって。傾向としてやっぱり海外の選手が諦めやすいので、ちょっとスパートかければ諦めるってこともよくありますので、最後まで絶対に諦めないっていうシンプルな2つだけ、とにかく守るっていうところです。

Q.たまに海外の大会であるような。

吉田:はい絶対もたないので、そういうのはもう惑わされないですよ。無謀な飛び出しはつかないですね。

Q.その辺もしっかり自分の中で決めてる?

吉田:やっぱり海外の経験でやっぱりそういう選手が多いなと思ったので。日本人の選手の良さはやっぱり我慢強さと冷静さだと思うので、そこを自分のある手札をうまく生かして頑張るっていうところですね。