司令塔“不在”の韓国

今回の日米首脳会談を、韓国はどんな思いで見つめていたのだろうか。

去年12月の尹錫悦大統領による「非常戒厳」は韓国社会に大きな混乱をもたらした。大統領は職務停止となり、憲法裁判所による弾劾審判が進められている。韓国メディアは3月中に尹大統領を罷免するかどうか判断が下される可能性があると報じている。

韓国の元政府高官は「大統領の罷免は間違いないだろう。保守であれ進歩であれ、軽々しく戒厳という手段を選ぶ大統領がいることは危険だからだ」と話す。罷免が決まれば60日以内に大統領選挙が実施されることになっているが、それまで韓国は事実上“司令塔不在”が続く。トランプ政権の始動という大事なタイミングで、首脳外交に打って出ることはできなかった。

韓国は2025年、APEC=アジア太平洋経済協力会議の議長国を務める。中国の習近平国家主席は2月初旬、中国を訪れた韓国の国会議長と会談した際にAPECへの出席を要請され「真摯に検討している」と応じたという。APECにトランプ大統領が現れるかはまだ分からないが、国際政治の注目の舞台となりうる。

重要なタイミングが迫りながら“外交空白”が続く韓国だが、そんな中でソウル大学の研究タスクフォースが日韓協力に関する政策提言を発表した。1年にわたる研究の成果であり、米中対立の激化やロシア・北朝鮮間の軍事協力強化など日本にも共通する経済・安全保障上の課題に対する危機感をベースにしたものだ。

一時「最悪」とまで言われた日韓関係を改善させ、幅広い分野での協力強化に取り組んだのが尹大統領だった。本人が韓国の民主化の歴史を否定するような暴挙に出てしまったことは、研究者たちにとっても大変残念だっただろう。とは言え、今回まとめられた具体的な協力策は、政権交代に伴い日本を困惑させてきた“韓国外交のブレ幅”の拡大を防ぐことにつながる。

提言では、日韓両国を「経済力と国防力、並びにソフトパワー強国」と位置付け「世界秩序が進むべき方向と目標についての認識を共有すべき」と訴えた。

経済に関しては、原材料の調達網=サプライチェーンの弱さや、食糧・エネルギー・鉱物資源の海外依存という問題に触れ、両国による「共同開発・調達・備蓄と危機時の共同活用」や両政府による「経済安全保障協議会」の常設化も提案した。また「米中間の経済的対立が度を超えないよう、影響力を行使する上でも日韓協力は有効」としている点も興味深い。日本にとって中国はアメリカに次ぐ2番目の貿易相手国で、韓国には最大の貿易相手国だからだ。

安全保障面では、中国が武力を用いた「台湾統一」に出た場合「ロシアと北朝鮮が歩調を合わせるなら第二の朝鮮戦争、第三次世界大戦に匹敵する大規模な戦争が勃発するかもしれない」として「共通の潜在的危険」を指摘した。こうした「同時多発的な危機に対応するため」日米韓の防衛政策担当部署の代表による「事務局」設置の必要性も挙げた。背景には、自衛隊と在日・在韓米軍、韓国軍の連携が有事の際に機能するのか懸念があるのだろう。

外務省HPより

韓国の趙兌烈(チョ・テヨル)外相は2月15日、第2次トランプ政権の発足後初めて日米韓外相会談に参加した。発表された共同声明では、核・ミサイル開発を進める北朝鮮に対し「自国の国土に対するいかなる挑発や威嚇も許容しない」と警告した。中国を念頭に「南シナ海を含むインド太平洋の水域」で「一方的な現状変更の試みにも強く反対する」とした。「台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性」も明記された。

3か国の連携に変化はみられないが、トランプ政権には「不確実性」がつきまとう。韓国政府関係者も「トランプ政権の今後の出方を予測するのは難しい」とこぼす。またソウル大のタスクフォースは“保守から進歩”への政権交代が視野に入ることを踏まえ、韓国の対日アプローチに「不確実性」があるとする。石破政権も権力基盤は磐石ではなく、「綱渡りの政権運営」を強いられる。それぞれがリスクを抱えるからこそ、3か国連携の意思確認は必要だ。特に日韓両国は“近さ”という利点を生かし、幅広いレベルで意思疎通を重ねていくことが求められる。