「周りのやつがおかしいと思ってた」と淡々と話す少年。小学生の頃、医師からADHD(注意欠如・多動症)と診断されたこともある彼は、幼少期から問題行動が多く、「平均的ではないが知的障害でもない」どっちつかずの“境界域”を彷徨っていた。
かつて非行にあけくれ少年院に収容されたが、清掃会社の社長に拾われ、再スタートを切った。仕事に打ち込み、プライベートでは社長の家族と食卓を囲み笑い合う日々を過ごしていたが、ある日突然少年は姿を消した。
7人に1人が再び罪を犯して少年院に逆戻りするという厳しい現実の中、更生支援の難しさに迫る。
■学校生活では問題行動 少年院は「苦ではない」
(記者)「少年院生活はどうだった?」
(少年)「楽しかったっすよ、普通に。
スポーツとかバレーボールとか。僕、体動かすの好きなんで。」
(記者)「辛いことはなかった?」
(少年)「最初は辛かったですけど、不良として生きるって思ってたんで、1回は(少年院に)入っておくべきかなと思って。僕らの感覚、バグってるんで。」
多少強がってなのか、少年院生活についてそれほど苦ではなかったと話した。
少年は19歳。両親と妹の4人家族。ごく普通の家庭で育った。
しかし子供の頃から問題行動を繰り返す。
小学校で授業中に前に座る生徒の髪の毛を切ったり、校庭で石を女子生徒の頭に当てたりして、流血させたこともあったという。
(記者)「なんでそんなことするの?」
(少年)「わかんないです、全然覚えてないんですよ。」
数々の問題行動に、祖母は「この子は普通じゃない」と感じたといい、病院に連れて行かれた。そこで「ADHD(注意欠如・多動症)」と診断されたという。
(記者)「自覚はあった?」
(少年)「なかったです、周りの奴がおかしいと思ってたんで。僕、ひねくれてたんですよ。」
少年院では何とか問題を起こすことなく生活することができたという。だが仮退院を目前に、親から引き受けを拒否され、帰住先が決まらず出院が難航した。
■「放っておけない」少年に響いた社長の言葉
そんな中、講話のため少年院を訪れた清掃会社の社長の言葉が心に響いたという。

兵庫県尼崎市の「松本商会」。社長の松本和也さん(38)は、4年前から罪を犯した人たちの就労支援活動に取り組む「職親プロジェクト」に参加し、若者たちの更生支援に尽力している。現在、従業員12人のうち、4人が刑務所や少年院を出た若者たちだ。

(松本さん)「親がいなかったり、家が貧しかったり、みんな恵まれない環境で育っている。社長だったら何でも相談できる、一緒だから安心できる、そんなポジションでおりたいんです。僕と繋がった以上、同じ釜の飯を食う人間は仲間でいたい、放っておけないんですよ。」
少年も松本さんの思いに惹かれた。

















