SDGs達成期限の2030年に向けた新たな価値観、生き方を語る今回の賢者は華道家の大谷美香氏。生け花の草月流の1級師範理事だ。作風は大胆で奇抜、常識にとらわれないのが大谷氏のスタイルで、オリジナル性の高さから映画やドラマの生け花制作、監修を数多く手がけ、登場人物の心情を映し出した生け花は高く評価されている。世界各地で生け花の教室やデモンストレーションを開催し、国内外を問わず生け花の普及に努めている大谷氏に、2030年に向けた新たな視点、生き方のヒントを聞く。

転機は東日本大震災。生け花は地味じゃない

――賢者の方には「わたしのStyle2030」と題して、お話していただくテーマをSDGs17の項目の中から選んでいただいています。大谷さん、まず何番でしょうか。

大谷美香氏:
9番の「産業と技術革新の基盤をつくろう」です。

――この実現に向けた提言をお願いします。

大谷美香氏:
「伝統を守るために伝統に革新を取り入れる」。

――常に変わっていかないといけないということですね。その話をお聞きする前に、お花の世界に入られたきっかけからお聞きしてみたいです。

大谷美香氏:
20歳ぐらいのときなんですけれども、ちょうど海外に留学に行きまして。アメリカのハリウッド映画ですとかそういったものに憧れて、海外に行きたいっていう気持ちが非常に強かったんです。でも、実際に海外に行ってみると、日本のこれってどうなの?日本のこの伝統文化ってどうなの?見に行ったことがあるの?と、すごくたくさん聞かれるんですね。

私って日本にいるのに日本のことって全然知らないんだなっていうふうに、逆に海外に行ったからこそ気づき、日本のことをもっと詳しく知りたいと思ったのがきっかけなんです。中学、高校と茶道部で、大学はお琴部っていうのに入って筝曲が弾けるんですけれども、生け花ってやったことないから、日本の華道って何なんだろうっていう疑問から。深くなく、やってみてもいいかなぐらいの気持ちでふらふらふらっと入ったのが始まりです。

人生何がどう転ぶかわからないというか、他のものは何一つ続かなかったんですが、生け花に関しては非常に楽しいと思えたんです。もっと知りたい、もっと作りたい、もっと次の扉を開けたいと思っていて、多分相性が良かったっていうのもあると思うんですが、「継続は力なり」ってよく言いますけれども、やめなかったことで今があるのかなというような気はします。

――生け花でご飯が食べられるという自信はあったんですか。

大谷美香氏:
自信はないです。やりたいんだけれども自信がない。それがぐるぐる回っていて、結局踏ん切りがつかず、ずっと広告のお仕事をやっていたんですけれども、そこで東日本大震災が起こるわけなんです。非常にショックを受けましたし、生きていることがちょっと申し訳なくなったというか。たくさんの方がお亡くなりになって、自分の命を今もらっていて、それはたまたまなんだっていうふうに考えるようになって、どこで自分の命が終わってしまうかわからないなって本当に思いまして。この命を今いただいているんだから、もっと頑張って生きるというか、真剣に生きる、自分がやりたいことをきちんとやってみるっていう踏ん切りがついたといいますか。

その日(3月11日)が原稿の締め切り日だったんです。夜に電話がかかってきて、原稿の締め切りはいつも通りですって言われたんです。でも、そのときって日本中がひっくり返っている。私は子どもがディズニーランドに行って全然無事だったんですけれども、連絡も取れなくなっていた状態だったので、どうしよう、日本どうなるんだろうって不安なときに、「原稿の締め切りはいつも通りです」って言われたのが、逆に言うと背中を押したというか。歯車になってるんですよ、広告の。これが本当に私がしたかったことなんだろうかって。

――そのときにお花が浮かんだんですか。

大谷美香氏:
ずっとやりたかったことなので。まずやったのはビラ配りです。生け花教室をやってみようと思ったんです。「生け花教室始めました」っていうビラを、ビラ配りの掟みたいのをわからずにA4で作ってしまって、(大きすぎて)誰ももらってくれなかったんです。ポスティングをやっていると、「うちのマンションは駄目なんですよ」とか怒鳴られたりして。それだけ頑張っても生徒さんは10人も集まらなかったと思います。

初めて教室を開いてから10年以上が経ち、現在では都内にある二つの教室に多くの生徒が通うまでになった。しかし、日本全体で見れば生け花をする人は減少し続け、25年間で約3分の1に減った。

大谷美香氏:
生けて見せるのをデモンストレーションって言います。「後ろ生け」と言うんですが、後ろから生けているんです。草月流は後ろ生けをすごく大切にしていまして、人に見せる生け花なんです。後ろから生けるということ自体が新しいことではあるんです。

生け花っていろんな誤解がありまして、すごく地味なものっていうふうに若い方に言われてしまうことがあるんです。今の時代に合わせていかないと、生け花からどんどん人が離れてしまっていくと思うんです。今の人の心にフィットする生け花っていうんでしょうか、私もやってみたいと思うような生け花をできるだけお見せしたいと思っているんです。

大谷美香氏:
せっかくテレビに出るんだったら、できるだけたくさんの方にいろんな表現ができるのが今の生け花なんですよっていうのを知っていただきたくて。もしかしたら、生け花に興味を持っていただけるかしらと思って。