スポーツは性と向き合う機会に 一方で、勉強では「無心になれる」
榎本さんは、3歳から高校2年生まで躰道(たいどう)を習っていた。躰道とは、沖縄の空手から派生した武道で、榎本さんは全国大会にも出場した実力者だ。だが、10年以上本気で向き合ったスポーツの世界は、性の違和感に対峙する瞬間であふれていた。

「躰道は、男女で“型”が違います。バク転やバク宙などアクロバットの練習をするときも、コツが男女で違ったりする。男性は力で止める、女性は柔軟性を生かさなくてはいけない。
女の子としての飛び方を覚えなくちゃいけないっていうのは、自分にとっては屈辱的で、上手くなるためにはアインデンティティーを否定しなくてはならなかった。心を殺して飛ばなきゃいけなくて、それにまた抵抗したくなって、わざと教えてもらった通りにやらずに何とか力で飛ぼうとしてもできなくて、痛くて苦しくて…」
真剣に向き合っていたからこそ、自分のアイデンティティーをも見つめなくてはならなくなった榎本さんは、大学受験をきっかけに躰道をやめることにした。
一方で、勉強の面白さにのめり込んでいった。
「普段の生活は、朝から晩まで常に『性別って何だろう』っていうのが頭に縛り付けられてるような状態で、もう疲れていたんですよね。そういうときに数学の問題っていいじゃないですか。無心で答えがあるものを解き続けるっていうことが、自分にとってはいい時間だった」
トップの大学を目指したのも、躰道で「ゼロからの出発でも全国レベルで頑張れる」という自信がついたからだったと榎本さんは話す。高校で出会った恩師のサポートもあり、榎本さんは東京大学に合格した。