病に苦しむ父を見て 望んだ「尊厳ある死」

プライシックさん

プライシックさんが安楽死に携わるようになった背景には、彼女自身が経験した辛い過去がある。

スイス・バーゼルで生まれた彼女は、6歳の時に母親を脳卒中で失った。写真家の父親は7人の子どもをシングルファザーとして育て上げた。「体を張って家族を守り抜く強い人」。プライシックさんにとって、自慢の父親だったという。

そんな父親は78歳の時に脳卒中を患って右半身の自由を失い、その5年後に2度目の脳卒中で失語症に。それ以来、寝たきりの生活を余儀なくされる。絶望に陥り、家の中にある全ての錠剤をかき集めて、ワイン2本とともに流し込んで自殺を図った。

「父は一命を取り留めたものの、現場を目撃した私は激しいショックを受けました。しかし20年以上、緩和ケア専門の医師を務めてきた私には『自殺を手助けしてはならない』という強い思いがありました。『お願いだから死なないで』と泣いて頼むしかありませんでした」

「生きてほしい」と父親に懇願してきたプライシックさんに、大きな転機が訪れる。ある日、父親が機関車の写真をプライシックさんに渡し、左手で自身の首を絞めるしぐさを見せたのだ。電車に飛び込んで自殺するつもりであることを理解したプライシックさんは、体の震えが止まらず、父親の顔を見ることができなくなったという。

「人はここまで苦しい思いをして、生きる必要があるのでしょうか。最悪の事態になるのであれば、尊厳ある死で看取りたいと思うようになりました」

プライシックさんがスイス国内の安楽死団体に問い合わせたのち、父親は自ら団体に安楽死の希望を伝え、認められた。