今も続く裁判~気象庁の噴火警戒レベル据え置きの是非~
御嶽山の噴火災害で問われたのが、気象庁の噴火警戒レベルだった。
噴火から約半年後、災害で次男を亡くした母親が、御嶽山の観測を続けてきた研究者に問いかけた。
「素人の母親が見て、レベル1というのは何もない普通の状態。それが噴火するというのはおかしいのでは」
これに対し研究者は「今の科学水準でレベルを上げることが確実にできる保障は全くない」と答えた。
2007年に気象庁が導入した噴火警戒レベル。現在は気象庁が24時間監視する全国50の火山のうち49火山で導入されている。火山ごとの活動状況と、レベルごとに必要な防災対応を5段階で示す。噴火のリスクが一目でわかるようにと導入された。
御嶽山の噴火当時、レベルは1=「平常(当時の表現)」のままで3に引き上げられたのは噴火の44分後だった。
だが、異変は噴火の17日前に起きていた。火山性地震が急増し、9月10日に52回、翌11日は85回に上っていた。
御嶽山の場合、レベル2(火口周辺規制)引き上げの基準は「1日50回以上の火山性地震」「火山性微動の観測」「地殻変動の観測」など5項目。地震回数は基準を上回ったものの、他の項目には該当しなかったことからレベル1は据え置かれた。
判断に関わった気象庁火山課の担当者は、当時の取材に対し、「前回(2007年)、前々回(1991年)の噴火からどういう過程を経て噴火に至るのか、過去事例に照らして、すぐ噴火に至るという判断はその時点ではできなかった。地殻変動や火山性微動が発生したら噴火に至る。その段階で警報を発表するという判断をした」と話した。

一方でレベル導入の当初から危惧を抱く研究者は少なくなかったという。北海道の活火山、有珠山の観測を続けてきた北海道大学の岡田弘名誉教授(当時)に話を聞いた。
「国際会議で気象庁の職員が噴火警戒レベル導入について発表した。そのとき外国人の研究者にかみつかれた。世界の標準と違うことをやろうとしているけどどういうことかと。火山活動を黒か白かわかる方式に警戒レベルで変えてしまった。自然というのは非常に不確定性が高くて、はっきり言えない部分がある」

名古屋大学大学院元教授の木股文昭さんは、1979年の噴火以降、御嶽山で調査・研究を続けてきた。2014年9月27日の噴火直前の9月10日に52回、11日に85回の火山性地震が観測されていたにも関わらず、レベル引き上げを行わなかった気象庁の判断について「少なくとも2007年(前回の噴火)以降では最大の活動だった。約10年で1回あるかないかというくらいの、めったにないことが起きた。本来ならレベル2に上げるべきだったと思う」との見解を示した。

噴火当時、火山噴火予知連絡会の会長を務めていた藤井敏嗣さんは、「警戒レベルという形で出すことで地方自治体、行政がものを考えなくなる。『こういう時はこうしなさい』と言ってしまうと、レベルが引き上げられるまで何もやらない恐れがある。地域の防災力が落ちるのではとの指摘もあった」と語った。
そして、藤井さんは、気象庁の監視態勢のもろさを厳しく指摘した。
「気象庁の中には長く火山の近くにいて火山のことを熟知している方もいる、かつてはいた。それは測候所というものが置かれている場合には、何十年もそこで火山を見続けデータを見てきた人がいたが、公務員の定員削減の波の中で、たたきあげの『熟練』みたいな方がいなくなっている」

あの日、登山者の多くが何の情報も知らないまま山頂を目指していた。気象庁の判断の是非は司法の場で争われることとなった。
遺族と負傷者32人が国などに総額3億7,600万円の損害賠償を求めて提訴した。2017年に提訴した原告側は、1日50回以上の火山性地震を観測し、さらに噴火の前兆である山体膨張の可能性が指摘されたのに気象庁が引き上げる義務を怠ったなどと主張。一方、国側は訴えの棄却を求めた。

裁判には、当時判断に関わった気象庁の担当者や火山の研究者などが証人として出廷。提訴から5年余りを経た2022年7月、長野地方裁判所松本支部で一審の判決が言い渡された。
山城司裁判長は「噴火2日前に『山体膨張の可能性を示すわずかな地殻変動の可能性』が指摘されたのに漫然とレベルを据え置いた判断は、著しく合理性を欠き違法である」として気象庁の過失を認めた。
だが、レベルを引き上げたとしても、その後の立ち入り規制が犠牲者の火口周辺への立ち入り前に確実に行われたと認めるのは困難などとして、因果関係は認めず、原告の訴えは棄却した。
判決を不服として原告側が控訴。東京高等裁判所で10月に判決が予定されている。
御嶽山の噴火を受けて気象庁は噴火警戒レベル1についての表現を「平常」から「活火山であることに留意」に変更した。さらに気象庁は噴火警戒レベルの柔軟の運用を目指し、異変を察知した場合、積極的な現地調査を進めている。
噴火予知に失敗した御嶽山の噴火災害。データを的確に読み解く力。そして前例にとらわれない判断が求められている。