ヒラメとカレイ
2023年、年末。ハマスとイスラエルの戦争は長引いていた。ハマスによる人質の開放の見込みはなく、イスラエル側も攻撃の手を緩めない。幾度となく浮上した停戦の可能性も、泡の様に消えていった。絶望的な気分で迎えた新年、能登半島を巨大地震が襲った。
その2週間後、私は被災地で想像を絶する被害を目の当たりにしていた。多くの媒体でもニュースになった、「海底隆起」である。

この時も現場入りした当初から、「すでに報じられている現場にあなたはいらない」といったコメントがX上で寄せられた。しかし私は、「すでに報じられていること」であっても、伝え方によってはもっと多くの人に知らせることができるのだから、報じる価値があると思っている。
以前の報道記者の考えとは、少し違うのかもしれない。これまでであればすでに伝えられた内容を「後追い」するのは、どうしても必要な時だけで、それ以外は他社に先んじられたことを報じるのは一種の「恥」であるかの様に思われてきた。
しかし同じような内容であっても、届いていない人がいるのならそれを報じる価値は間違いなくある。何が目的なのか。報道記者は、そこを明確にする必要があると私は思っている。
他社が報じた後追いはしたくない、という自己満足が先なのか、現場で起きていることを少しでも多くの人に伝えたい、と思うことが先なのか。断じて後者である、と私は思っている。だから後追いであろうと関係ない。もちろん、スクープが大切であることは否定しないが。
そして、この時すでに出ていた報道では「ご覧ください。海底が隆起し、堤防が露わになっています」といった、映像を見れば誰でも分かるようなレポートばかりで、その規模だったり深刻さだったりはそれほど伝わってこなかった。少なくとも私はそう感じた。だから現場に着いた時、可能な限り、後退した海に近づいていくことを決めた。
完全に水が引いてしまった港から、海底だった場所をずんずんと進んでいく。余震があれば、当然津波の危険性もある。今の視聴者はリスク管理にも敏感だ。私はカメラマンに、背後にある丘を撮影するよう指示し、万が一の場合はそこまで走って退避できることを説明しながら、沖へと向かった。
すると、様々な海洋生物が干上がっているではないか。その一つが、カレイだった。魚体や口の形状、住んでいる場所などからヒラメではないと私は断定し、レポートした。ほとんどの視聴者は、気にも留めなかっただろう。ヒラメであろうとカレイであろうと、ぶっちゃけ関係ない。
しかし昨今、瑣末なファクトを蔑ろにしたレポートであっても瞬く間にネット空間に拡散され、仮に間違えていたら魚に詳しい人はすぐに反応するだろう。「魚の種類を間違えるやつがちゃんとした報道をできるはずがない」と。

実は私、少しばかりの軍事オタクでもある。そのため、軍用車両やミサイル等の種類を、写真から判別することもできる。しかし、戦争の現場に入る報道記者には、そういったことを気に留めず軍用車両であればなんでも「戦車」と表現したり、ミサイルの区別もつかずに報じたりするケースが散見される。
戦争を報じるのに、そうした兵器の知識がない状態で、どれだけ被害のことを語れるだろうか。兵器の殺傷能力を知らずに、その非人道性をどれだけ批判できるだろうか。

今のニュースは極めて賞味期限が短い。そして信頼されていない。しかし、ヒラメとカレイの差にこだわるような一見マニアックなレポートは、腐らない。そして、信頼される。この報告はYouTube上に6か月前に投稿されたが、再生回数は250万回を超えた。今も数日おきにコメントが投稿されている。
賞味期限が短く、信頼されていないのは、もしかしたら伝える側にも問題があるからなのではないか。ならば、どうすれば長く深く、視聴者に刺さる伝え方ができるのか。従来のやり方では、それが難しくなってきていることを認識する必要がある。それが、ニュースを今以上に信頼してもらうための、新たな一歩に繋がるのではないだろうか。
〈執筆者略歴〉
須賀川 拓(すかがわ・ひろし)
1983年3月21日生まれ。東京都出身、オーストラリア育ち。
2006年にTBS入社。社会部の原発担当、警視庁担当、「Nスタ」を経て、外信部中東支局長として紛争地を多数取材。現在はTBSのnews23専属ジャーナリスト。
担当した主な作品は「大麻と金と宗教~レバノンの“ドラッグ王”を追う」「天井のない監獄に“灯り”を ~パレスチナ暫定自治区ガザ 2019」など。
2022年、国際報道で優れた業績をあげたジャーナリストに贈られる「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。同年、紛争地帯の現状を伝えるドキュメンタリー映画「戦場記者」が劇場公開。
TBS系の紀行バラエティ「クレイジージャーニー」にも不定期で出演。
また、テレビでは伝えきれない紛争地の現状をYouTubeやSNS(XとInstagram)を通じて発信している。
*YouTube上の須賀川記者取材の過去動画は、「YouTube」「須賀川拓」で《検索》
【調査情報デジタル】
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