当局の説明は“自殺” 自殺はキリスト教でタブーとされるが…

 遺体を引き取った牧師は手記にこう記しています。

 【小山牧師補の遺体を引き取った牧師の手記より】
 『死体は既に棺桶に納められていた、ふたをとって見ると、がっくりと首が下がっている。リヤカーに棺をのせ、人目をはばかるような姿でまだ消え残っている雪路を火葬場まで運ぶのも言い知れぬ悲痛の極であった』

 当局の説明は“自殺”。現在の函館市史にもそう記録されています。一方で、検死は行われず、浴衣の背中の部分に血痕があったという証言も残っています。何より、キリスト教で強くタブーとされる自殺を選ぶのか…。疑問視する研究者もいます。

 さらに、小山牧師補の獄死から数か月後、牧師補が所属していたプロテスタント・ホーリネス派は、130人以上の聖職者が一斉に検挙される“大弾圧”を受けました。

  キリスト教への敵視。背景には、天皇の存在がありました。