能登半島先端でかつて浮上 “幻”の原発建設計画
関西・中部・北陸の3つの電力会社による「珠洲原発」建設構想が明るみに出たのは1975年です。

珠洲市は住民の反対運動が起こり、推進派と反対派が対立を深めていきました。しかし、2003年、電力3社は計画を凍結することを決定。市を二分した28年間の争いは幕を閉じました。

「珠洲原発」の反対運動に奔走した元石川県議会議員の北野進さんが当時の状況を話してくれました。

北野進さん:「ボーリングなどの調査を中止させなければいけないと、調査を容認している市長のところに行きました。市長が『もう一度関電と話してみる』と姿をくらましてしまいましたが、結論を待たなきゃいけないだろうとそのまま市役所の会議室で市長の帰りを待ち続けて40日と。高屋地区の調査の阻止行動と市役所の座り込みを並行してやっている間に、関電は調査を中止するということになりました」
