一通の不審な手紙

総会屋事件で特捜部は、4大証券から大量の証拠品を押収した。このうち大和証券の「ブツ読み」をしていた木目田は、ある日、ダンボール箱の中から、一通の手紙を発見する。封筒の中を確認してみると、差出人は警視庁幹部のH警部。大和証券の幹部宛てに書かれたものだった。「H」というめずらしい姓だったこともあり、目に止まったというが、木目田は直観で「何かある」と感じたという。

「手紙を読むと、ずいぶん、恩着せがましい内容だったので、これは、おかしいと不審に思った。H警部からのクレームのような文面で、大和証券が、日頃からH警部にかなり世話になっていることが読み取れた」

大和証券は会社に近づく筋の悪い連中に困惑すると、警視庁幹部のH警部を頼り、H警部はそうした勢力を排除するために協力しているようだった。木目田は双方の間に、何か密接なつながり、深い癒着があるのではないかと疑った。
そこで、大和証券幹部にH警部との関係を追及するため、総会屋事件に関してすでに彼らが逮捕、勾留されている東京拘置所で、先輩の稲川検事(35期)とともに取り調べを開始した。

大和証券役員らは手紙について「H警部から知り合いを大和証券に採用するよう要求されたが、うまくいかず、これに対する不満として送り付けてきたものだ」と説明した。

H警部は知人から「大和証券への就職のあっせん」を頼まれ、同社に働きかけたところ、いい返事が得られなかったという。つまり「ブツ読み」から見つかった手紙は、知人の採用を断られて憤慨したH警部が、大和証券幹部に圧力をかけるために郵送したものだったのだ。
それにしても、こうしたH警部の高圧的な行為を見ると、H警部がそれまで大和証券に対して、相当な便宜を図っている可能性が濃厚だった。

「手紙に記された差出人の警視庁警部の『H』という名前を手がかりに、同じ名前が大和証券の「接待伝票」にないかどうかも調べた。そうしたら、かろうじて数枚の接待伝票に『H』という同じ名前が使われていた。また不思議なことに『H』に似たような名前も偽名として使われていた。たしか、『H』の名刺も大和証券からの押収品から見つかっていたと思う」(当時の主任検事 井内顕策)

本来、警視庁の警部が証券会社から接待を受ける正当な理由はない。そのため、大和証券も用心していたとみられ、多くの接待伝票には「H」の名前ではなく、偽名が記載されていた。ただ、何枚かに記載されていた「H」本名の接待伝票が、飲食接待の場所や時期、回数、金額などの特定につながったのだ。

のちに最終的に認定されたワイロの額は、1993年から1997年までに、大和証券側が同席した接待が26回で「約114万」。一方、同社関係者が同席せずに、H警部が自分だけで飲食していたケース、つまり、「領収証」と引き換えに、受け取っていた現金が「286万円」に上った。

家宅捜索を受ける大和証券本社(東京・大手町)1998年1月14日
警視庁H警部への贈賄の疑いで社員が逮捕された大和証券