「舟を編む」での「ぬめり感」って何?

影山 「舟を編む~私、辞書つくります」(NHK BS)。原作者の三浦しをんさんがおっしゃっていたのですが、映画、アニメがあって、ドラマが最後発なんです。でも、三浦さんのもとには、小説が出た直後にNHKが「うちでドラマにしたい」と申し入れた。それを三浦さんは意気に感じてという、原作とつくり手のウィンウィンですね。

 極端に発信するファンの中には「セクシー田中さん」(日本テレビ・2023)のときもそうでしたが、原作至上主義みたいな動きがあったりします。原作を尊重することは大切ですけれど、やはりそれをもとに映像作品にすることで、ファンが広がったり、エンターテインメントとしての楽しみがふえるということはすごく大事です。「舟を編む」は、その見本のような作品でした。

田幸 私は原作も映画もどちらもよかったので、あえてドラマの第1話は見ていませんでした。評判を聞いて、後から追っかけて見たんです。原作がいいし、映画もあるのに、今ドラマ?というくらいの気持ちで見たら、状況をコロナ禍に置きかえている。原作のよさを全く損なわずに、コロナに置きかえていることに驚きました。

 その結果、コロナという状況下で展開しているので、言葉で人がつながっていく世界というか、より一層言葉の大事さが響いてきました。さらに言葉のダブルミーニング、トリプルミーニングをたくさん盛り込んでいるテクニカルな脚本にも唸らされました。

倉田 辞書づくりの大変さ、壮大さを感じながら、言葉の一つ一つを愛している人たちの温度がすごく高いですよね。本当に誰も寄せつけないぐらいの知識と熱量を持ってやっている人たちは、やっぱり何かおもしろい。何か一つのことにすごく熱中している人はおもしろいじゃないですか。

影山 そうですよね。うらやましくもあります。

倉田 池田エライザさん演じる主人公が、ファッションから辞書という全然違う分野に来て戸惑いながらも、だんだん辞書のことが好きになっていきます。辞書にどの紙を使うか、紙の営業マンと「ぬめり感」みたいなよくわからない言葉で会話していて、「何だよ、ぬめり感って」みたいにこっちも興味が湧いてきます。彼女の成長、辞書や仕事に対する思いがどんどん熱くなっていく姿もすごく応援したくなる描き方でした。

影山 池田さんが俳優として成長した感じがします。このドラマが彼女のターニングポイントになるんじゃないかという気がします。

「燕は戻ってこない」で放たれた黒木瞳の衝撃のセリフ

影山 「燕は戻ってこない」(NHK)をお願いします。

田幸 脚本が「らんまん」(NHK・2023)の長田育恵さんでやっぱりお上手です。すごいなと思うのが、最初は石橋静河さんが演じる主人公のリキの目線で見ている。一生懸命真面目に生きているのに、手取り14万円で貧困で、生活が楽にならない。腹の底からカネと安心が欲しい。こちらはその女性を応援する気持ちで見ていたのに、途中から代理母として1000万円もらう契約を結んで、暴走を始めるんですね。「え、それ、どうなの?」と思うんです。

 一方、高慢でお金持ちの、内田有紀さんと稲垣吾郎さん夫婦が不妊に悩んできたことが描かれる。そうか、すごく恵まれてるように見える人にも、こういう悩みがあるんだと思いきや、選民意識、優生思想みたいなものも見えてくる。特に稲垣さんのお母さん役の黒木瞳さんがすごくえげつない。でも、貧しくて苦労している人が美しくて、選ばれし人々が嫌なやつかというと、そんなこともない。

 びっくりしたのが、妊娠してつわりのときに、リキのもとに黒木さんが訪ねていって、いろいろお節介をする。本当だったら、リキはすごく嫌がりそうなのに、大して迷惑そうにもしていなくて、あれっ、ここは意外とかみ合うんだ、おもしろいと思っていたら、黒木さんが後でリキのことを「工場みたい」と言うんですね。良い人、悪い人の二元論では分けられない、綺麗事や建前、醜悪な本音も含めて人間にはいろんな面があるのだと強く感じました。

影山 あれは怖かったです。

田幸 怖いですよね。誰かを美しく描いたり、誰かを醜く描いたりするのではなく、それぞれの人にエゴがあって、それぞれの醜さもある。でも、それも含めて人間はおもしろいというのをそのまま出してきて、あんなにシリアスな題材なのに、ときには笑わせてしまう脚本と演出が実にうまい。

倉田 この作品は見る側にいろんな問いかけをしてきます。そもそも代理母、代理出産を認めていいのか。倫理の問題もありますし、1000万円払えば子どもを産んでもらえる。お金で命のやりとりをしていいのかということもあります。

 日本は特に血のつながりを大事にして、血のつながりだけが家族だと考えがちですが、例えば特別養子縁組という手法だってあるわけで、遺伝子とか、血のつながりだけを大切にし過ぎる社会はどうなんだろうとも考えました。

 あと、リキの人柄にすごく魅力的なところがあります。月14万円で東京で生活するのは本当に大変です。でも、そこで「私は貧しいから」といって卑屈にならず「じゃ、代理母で1000万円もらうわ」といった、したたかなところもある。やられっ放し、ただ搾取されるかわいそうな女じゃないというのを、石橋さんの強い目力や、内に秘めたエネルギーがじわじわと出てくるところから感じられて、痛快でした。
 
 もう一つ、稲垣さん演じる夫が、リキの行動によって、自分が本当の父親かどうかわからない状況になったときに、産ませるか、おろすか、妻の悠子とやりとりをするんです。そのときに、悠子の言っていることを全く理解していなくて「この男、ほんと何もわかってないな」(笑)と。また、そう思わせる稲垣さんの演技が本当に上手なんです。

影山 うまいですよね。今はちょっとテーマが重たいというだけで毛嫌いする視聴者もいて、こんなにつらい現実を直視したくないという声もありますけれど、重いテーマを、ある種、軽やかにというか、軽薄ではないんですが、エンターテインメントとしてちゃんと見せてくれていました。