「家族ではない」…パートナーの力になれない現実

2019年10月頃、夜中に松浦さんが体調を崩し、救急車で搬送された。
藤山さんは救急車に一緒に乗り病院まで行ったが、「家族」ではない、という理由で病状について説明を受けることもできず、処置が終わるまでただ廊下で待つしかなかったという。

「マイノリティは制度上のなかで、どうしても困る部分がある。制度上の壁にぶつかるんです」松浦さんは当時を振り返りながら話す。

―「2人の関係をなにか証明できるものはないか?」尼崎市は当時既に「パートナーシップ宣誓制度」を導入していた。2020年2月、2人は制度を申請した。

「パートナーシップ宣誓制度」に法的な効力はない。しかしこの制度があることは、‟暮らしやすさ”や‟生きやすさ”を格段に上げてくれた、と2人は話す。

どういう関係なのか尋ねられた時、カミングアウトする時、結婚しているか尋ねられた時に提示できる「行政発行の証明書」があること。
それは自分達の立場を認めてくれるだけでなく、周囲への理解も促す。

制度を導入している自治体では職員の理解も進んでいると感じる。
「市役所とかってどうしても生活に関わることなどを話さなくちゃいけない場面が出てくる。そんなときに”夫”や”妻”ではなく”パートナー”と言ってくれる職員がいる。そういう職員がいると『話しても大丈夫だな』と思える」

周囲のちょっとした言葉遣いや心配りーそれが心の安定や誰もが生きやすい社会につながっていく。

2023年6月、2人は「尼崎えびす神社」で結婚式を挙げた。人生で一番の幸せを感じた忘れられない1日。でも参列したのは松浦さんの兄1人。藤山さんの身内は1人もいなかった。

この時、藤山さんはまだLGBTQであることも、同性のパートナーがいることも両親に話すことができないでいた。藤山さんの出身地である長崎県に移り住むのは結婚式の約1年後のこと。2人が家族へのカミングアウト、その後の音信不通、そして大切な人の死に直面した末の決断だった。