心臓手術の実際

この発言を説明するために一般的な心臓弁膜症手術がどう行われるかを説明します。通常の僧帽弁手術を含めた弁の手術は心臓を止めて行います。以前も少し述べましたが、心臓と肺の代わりになる人工心肺という機械に静脈(右房だったり、上大静脈や下大静脈)から血液(静脈血:赤黒い血液)を脱血(血液を抜くこと)し人工の肺で酸素を吹き付け、動脈(大動脈や大腿動脈)に酸素化された血液(赤い血液)を送血(血液を送ること)します。

これではまだ、心臓の中には血液がたくさんあり、ドクドクと心臓も動いてますので、上行大動脈という心臓から出てすぐの大動脈を遮断鉗子という管を挟む道具で遮断します。そこで心筋保護液という心臓の動きを止めて保護してくれる液体を冠動脈に注入して心臓を止め保護するのです。心臓が止まった後、心臓の中の血液を吸引(サクション)で吸えば、心臓の中の血液はなくなり、心臓の中を修理しやすくなります。

心臓を止めて大丈夫なの?と思われるかもしれませんが、人工心肺が回っているので、心臓から血液が出なくても、全身に酸素を含んだ血液が供給されているので大丈夫です。修理が終わったら大動脈の遮断を解除します。すると冠動脈に血液が流れて、心臓は再び動き出します。

ということを踏まえて先ほどの高階先生の「大動脈が石灰化していて心臓を止めることもできない」という発言を見てみましょう。動脈は糖尿病やタバコ、ストレス、高脂血症、肥満等々があると、硬くなってきてしまい、しまいには石灰化といって、白くカチカチになってしまうことがあります。

上行大動脈もカチカチになることがありますが、その大動脈を遮断鉗子でバキバキと遮断したら、どうなるでしょう。中の石灰化した動脈の壁がボロボロと落ちてしまい、そのカスが全身に飛んでしまいます。こうなると脳梗塞などが起こってしまいますので、カチカチの大動脈は遮断できないのです(あまりにも硬いと物理的に遮断できないこともあります)。

遮断できないと、心臓から出てすぐにある冠動脈に心筋保護液を注入することはできません。血液がバンバン流れているので、心筋保護液が薄まってしまい、さらに全身に流れてしまうからです。そこで高階先生以下皆が思いついたのが佐伯式です。

心臓を動かしたまま僧帽弁の手術をする佐伯式がこのシチュエーションでは最良の手術になるのです。実際この硬い大動脈にはどう対処したらいいかという問題は、学会でも良く話題になっています。

硬い大動脈を人工血管に取り替えてしまうとか、心室細動という不整脈をわざと起こして行うとか、風船で血流を遮断するとか、それこそ佐伯式を行うとか…。で、渡海先生と電話口で世良先生が話している時、血圧が下がり「敗血症性ショックだ。ノルアド、ボリューム入れて」と高階先生は指示します。

敗血症とは、血が負けると書きますが、簡単に言うと、血液の中に菌が入ってしまい、暴れ出してしまう状態をいいます。暴れていない状態を菌血症といいますが、敗血症は菌に血液の免疫力が負けて、高熱が出たり、血圧が下がってしまったり、呼吸機能が弱まったりする状態です。敗血症が原因で血圧が下がってしまう状態を敗血症性ショックといいます。

敗血症性ショックになると、全身の血管が広がってしまいますのでノルアドレナリンという血管収縮薬によって血管を収縮させて、さらに高度に脱水状態になりますのでボリュームつまり輸液をたくさん入れる必要があります。