捕虜となったのはアメリカ海軍の中尉
(鮫島格さん)
「背が高いから、うわっと思って、こわごわと建物の陰からのぞいた」
知覧特攻平和会館や郷土誌などによると、捕虜となったのはアメリカ海軍のエドワード・ディクソン・ジュニア中尉。
1945年6月3日、ディクソン中尉の操縦する戦闘機は、空中戦の末、日本軍機に撃墜され、相星川河口の海岸に不時着。その後日本軍にとらえられ、現場から当時の公民館までのおよそ3.2キロを歩いて連行されました。
(鮫島格さん)
「背が高いから、うわっと思って、こわごわと建物の陰からのぞいた」
知覧特攻平和会館や郷土誌などによると、捕虜となったのはアメリカ海軍のエドワード・ディクソン・ジュニア中尉。
1945年6月3日、ディクソン中尉の操縦する戦闘機は、空中戦の末、日本軍機に撃墜され、相星川河口の海岸に不時着。その後日本軍にとらえられ、現場から当時の公民館までのおよそ3.2キロを歩いて連行されました。





