8月15日は77回目の終戦の日。ロシアがウクライナに侵攻する中、平和について改めて考えます。
■戦後77年薄れる戦争の記憶

真夏の日差しが照りつける皇居前広場。今から77年前…
玉音放送
「堪え難きを耐え、忍び難きを忍び…」

1945年8月15日、日本は終戦を迎えました。
しかし、昭和から平成、令和と時代が大きく移り、戦後生まれが全体の8割を超える中、戦争は「記憶」から「歴史」へと変わりつつあります。
「8月15日」について、今の若者たちに聞いてみると…
若者
「あんまりピンとはこないです」
「具体的に日付とかは覚えてないです」
多くの若者たちにとって、先の大戦どころか、湾岸戦争やイラク戦争ですら、生まれる前か、幼い頃の戦争。

戦争が遠いものとなった彼らにとって、今回のウクライナ侵攻は、初めて実際に見聞きし、「戦争」を意識する体験かもしれません。
若者
「テレビとかで映像が毎日流れてくるけど、身近に感じるのは難しい」
「何を思ってロシアが、何を正義として侵攻しているのか、そういうのもちょっと知りたい」
■ウクライナ侵攻と77年前の日本

今回、プーチン大統領は、ウクライナ侵攻の理由をこう語りました。
プーチン大統領(2022年2月)
「キーウ政権によって、いじめられ、大量虐殺を受けた人々を保護することを目的としている。市民を守るためだ」
ウクライナ領にいるロシア系住民の保護といった人道的理由や、NATO拡大でロシア本土が軍事的に脅かされることなどを挙げたのです。
こうして始まったロシアのウクライナ侵攻。そこには77年前の戦争を思わせる姿もあります。
侵攻が始まった当初、ロシアはゼレンスキ―政権を打倒し、傀儡政権の樹立をもくろんでいるのでは、と指摘されました。
かつての日本もまた、中国大陸に進出し、東北部に傀儡国家である満州国を建国しました。

また、現在、ロシアでは厳しい「言論統制」や「報道規制」が行われていますが、戦時下の日本でも同様の統制が行われました。
戦争に向かう国家には共通する部分も見られ、それが繰り返されてきたのです。