かつて「総会屋」という裏社会の人々がいた。企業の弱みにつけ込み、株主総会に乗り込んで経営陣を震え上がらせる。毎年、株主総会の直前になると「質問状」を送りつけて、裏側でカネを要求した。

昭和から平成にかけて、たったひとりの「総会屋」が、「第一勧業銀行」から総額「460億円」という巨額のカネを引き出し、それを元手に4大証券の株式を大量に購入。大株主となって「野村証券」や「第一勧銀」の歴代トップらを支配していった戦後最大の総会屋事件を振り返る。のちに捜査は政治家への利益供与、そして大蔵省接待汚職事件に発展したーーー

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「SEC」証券取引等監視委員会が「野村証券」への調査を進める中、東京地検特捜部の人事に動きがあった。
1996年12月3日、のちにプロ野球コミッショナーとなる「特捜の申し子」熊﨑勝彦(24期)が特捜部長に就任する。被疑者と信頼関係を構築して「自供」を引き出す優れた手腕から「落としの熊さん」「割り屋」の異名をとっていた。その頃、特捜部は「ナニワのタニマチ」と言われた石油ブローカーによる政治家や官僚へのヤミ献金疑惑を捜査していたが、熊﨑は「野村証券」に大きく舵を切った。

「落としの熊さん」が特捜部長に

熊﨑勝彦が頭角を現したのは「リクルート事件」で労働省、政界ルートのキャップを務め、特捜「四天王」と呼ばれた頃からだ。公明党議員の池田克也の取り調べを担当した。「共和リゾート汚職事件」では阿部文男元北海道沖縄開発庁長官を入院先の病院で逮捕して取り調べ、「泥棒してでも金が欲しかった」という核心の自白を引き出した。特捜部副部長当時の1993年には主任検事として、金丸信元自民党副総裁を取り調べ、巨額の私的蓄財による脱税を認めさせた。これが「ゼネコン汚職」に発展、1994年に中村喜四郎元建設大臣を「あっせん収賄」で起訴するなど実績を残していた。
熊﨑は特捜部副部長からそのまま特捜部長に上がるとも見られたが、いったん法務総合研究所第二部長、東京地検交通部長を経て、3年ぶりに東京地検特捜部長としてカムバックした。熊﨑は着任早々、特捜部の捜査体制について、担当副部長の笠間治雄(26期)にこう言った。

「事件を3つも並行してやっていて大丈夫か、もっと絞ったほうがいいんじゃないか」

熊﨑の前任の特捜部長は同じ明治大学出身の上田廣一(21期)だった。「税法の上田」と呼ばれていた上田は3つの事件を併行して捜査していた。
大手漢方薬メーカー「ツムラ」の前社長をめぐる70億円の特別背任事件、住友商事の銅取引巨額損失事件、「政官界のタニマチ」と呼ばれた石油ブローカー、泉井純一代表による「泉井石油商会事件」だった。泉井から政治家らへの接待や献金は20億円に上ると言われた。いずれも摘発価値のある経済事件だが、投入できる検事の数も限られている。熊﨑は「欲張りすぎて、どれも中途半端な捜査にならないか」と危惧したのであった。

元東京地検特捜部長 熊崎勝彦 BS-TBS「1930」(2020年9月28日放送)HPより
東京地検特捜部が入る合同庁舎

そこで特捜部は、3つのうち内尾武博(30期)が主任検事を務める「泉井石油商会事件」に絞り込んで、年明けに着手した。関西国際空港社長で元運輸事務次官の服部経治を、清掃業務事業に絡み泉井純一からワイロを受け取った収賄容疑で逮捕した。
泉井は脱税と贈賄で懲役2年の実刑判決を受けた。保釈されたあと、記者会見で国会議員「山崎拓との関係」を暴露したが、特捜部は証拠が弱いとして、すでに立件は断念していた。「事件はテイクオフよりもランディングが難しい」と話していた熊﨑は、関西空港汚職の摘発で泉井事件を着地させ、次を見据えてこう言った。

「次の勝負はとにかく野村証券、総会屋への利益供与をやる」

それまで「総会屋」など裏社会が絡む利益供与事件は、たとえば警視庁が「キリンビール」や「高島屋」「イトーヨーカ堂」を摘発したように、警察が得意とする分野だった。ただ今回は、「SEC」が端緒をつかむなど、検察にとってやるべき価値があった。
熊﨑は「証券業界は自民党の大スポンサーのうちの一つ。株取引で政治家の選挙資金も稼いでくれる。しかも業界トップと政界は深い関係がある」と位置付け、それまで「泉井石油商会事件」の捜査を担当していた渡辺恵一(30期)にこう指示した。

「恵ちゃん、野村証券の資料を内々に集めておいてくれないか」

前述の通り、一方で「SEC」証券取引等監視委員会は前年1996年夏以降の調査で「野村証券から総会屋・小池隆一に対する利益供与」の全容をつかんでいたため、渡辺は熊﨑の指示を受け、「SEC」に野村証券の資料を提供してもらうなど、水面下で準備を進めた。渡辺は熊﨑が特捜部副部長時代の1994年、ゼネコン汚職事件で国会議員では26年ぶりとなる「あっせん収賄罪」を中村喜四郎元建設大臣に適用した経験もあり、主任検事の井内や内尾とも同期だった。

「SEC」証券取引等監視委員会
野村証券本社