世耕氏の祖父が創設した近畿大学 その歩みとは

6日の入学式でつんく♂さんのギター演奏のもと会場一体となって歌われた近畿大学の校歌。この校歌を作詞したのが世耕弘一氏。近畿大学の創設者であり、世耕弘成参院議員の祖父にあたる人物です。
明治26年(1893年)、和歌山県の熊野古道沿いの村に生まれた弘一氏は、貧しさから進学をあきらめ、丁稚(でっち)奉公に出るも、大正7年(1918年)に25歳で日本大学予科に入学。大学卒業後は学問の道へと進みますが、当時は世界恐慌で日本も失業者があふれる深刻な不況。その様子を目の当たりにして「国民を飢えさせてはいけない」と政治家に転身。昭和7年(1932年)、衆議院議員に初当選しました。
その一方で、貧しさで進学の夢を断たれた経験から「学びたい者に学ばせたい」と大学創設にも情熱を傾け、昭和24年(1949年)に近畿大学を創設。初代理事長となります。
2代目理事長には弘一氏の長男で同じく政治家だった世耕政隆氏が就任。その後も現在の弘成理事長まで理事長職はほぼ世耕家の世襲で運営され、初代の理想である“医学部から文学部まで全学部をそろえた”総合大学として発展してきました。

そして2014年、志願者数全国1位を達成。いまやお馴染みのショーアップされた入学式や「近大マグロ」などさまざまなPR戦略を行い、現在の近畿大学のイメージを作り上げた仕掛け人も、世耕家のひとり、弘成理事長の弟である世耕石弘氏です。
(世耕石弘氏 2014年)「18歳人口が加速度的に減少していく中で、つまらんことをやっていてもしかたがないので、1回ご破算にして本当の大学間競争を自由化してもらいたい」
近畿大学を関西が誇る有数の大学に盛り立ててきた世耕家。理事長である弘成氏の大学への影響力は絶大なものがあるといいます。














