インフレ率は高いが、経済の基調は依然として安定
ウィリアムズNY連銀総裁は9月29日、ニューヨーク州バッファロー大学で「揺るぎない献身( Unwavering Dedication)」(筆者訳。以下同)と題する講演を行った。講演では、米国経済 がAI投資を背景とした設備投資の拡大や堅調な個人消費に支えられ、引き続き底堅く推移 しているとの認識を示した。一方で、労働力人口の伸び鈍化や高齢化を背景に、米経済の 基調的な成長率は2%程度に留まるとの見方も示している。労働市場については失業率の 低下や雇用増加を指摘し、最大雇用の観点からの懸念は後退しているとの評価だった。し かし、FRBが重視するPCE価格指数でみたインフレ率は3.7%と依然として目標の2%を上 回っており、物価安定の達成が金融政策上の主要課題であるとの認識を改めて示した。
インフレ要因を整理しつつ、波及リスクには楽観的
もっとも、今回の講演で印象的だったのは、ウィリアムズ総裁がインフレの現状を説明しな がらも、その持続性については比較的楽観的なスタンスを維持していた点である。同総裁 は足元のインフレ要因として、「第一に、輸入品に対する関税引き上げ。 第二に、中東など での紛争によるサプライチェーン混乱やエネルギー・商品価格上昇。 第三に、AI関連投資 の急増に伴う特定財・サービスへの旺盛な需要」の3点を挙げた。その上で、「調査ベース・ 市場ベース双方のインフレ期待は引き続き良好にアンカーされている。重要なのは、関税、 紛争、AI需要増加が一部の商品価格を押し上げている一方で、それらが広範かつ持続的 なインフレへ波及している証拠は見られていないことである」と述べた。つまり、現状では価 格上昇は特定分野に限定されており、賃金上昇や期待インフレの上昇を伴う典型的なイン フレスパイラルには発展していないとの認識である。インフレ率自体は高いものの、FRBが 最も懸念する期待インフレの上昇や賃金・物価のスパイラルを示す兆候は乏しいと考えて いるようである。
年内追加利上げは残しつつも「急ぐ必要はない」
9月の利上げについてウィリアムズ総裁は、「一時的なインフレショックが固定化されないよ うにし、また二次的なインフレ波及効果を抑制しなければならない」と説明した。一方で、「9 月会合で実施した政策措置により、今のところ慌てる必要はありません。私たちには追加
情報を収集する時間がある」とも述べた。さらに今後についても、「インフレ率をより早く目標 へ戻すために、今年後半にFF金利誘導目標レンジをさらに1回引き上げることが適切とな る可能性がある」と発言したが、そのトーンは市場が想定していたほど強いものではなかっ た。むしろ、「年内あと1回」というシナリオを示しながらも、その判断は今後のデータ次第で あり、10月会合での早急な行動を示唆する内容ではなかった。講演全体を通してみれば、 インフレへの警戒感を示しつつも、その上振れリスクに対して、相対的に落ち着いた評価を 維持している印象である。
背景にあるのは長期金利上昇と景気下振れリスクへの配慮
こうした姿勢の背景には二つの要因があると考えられる。第一に、ウィリアムズ総裁自身が 繰り返し述べたように、長期のインフレ予想が安定しており、インフレスパイラルへ向かう兆 候が見られない点である。FRBにとって最も重要なのは期待インフレのアンカーであり、そ れが維持されている限り、連続利上げや大幅利上げを急ぐ必要性は高くない。
第二に、講演後の記者会見で示した長期金利に対する認識である。ウィリアムズ総裁は、 「長期金利の上昇が投資家のインフレ見通しの上方修正を意味しているとは考えていな い」「『限界的には(at the margin)』、金利上昇が金融環境を引き締める方向に作用してい るとの認識を示した」(ロイターより筆者訳)と述べた。
現在、市場の最大の関心はインフレそのものではなく、急上昇した長期金利が住宅市場や 設備投資、金融市場にどのような影響を与えるかに移っている。今回の講演では長期金利 上昇の影響にあえて深く触れなかったものの、質疑応答では、長期金利上昇が金融環境 の引き締め要因になっているとの認識を示した。FRBが過度にタカ派姿勢を強めた結果、 長期金利上昇が経済やインフレの下振れリスクを拡大させる展開を警戒しているようにも みえる。FRBは当面、インフレの上振れだけでなく、景気の下振れリスクにも目配りしなが ら、慎重な政策運営を続けていくだろう。
FRBが今後確認したいのはインフレ動向だけではない。最近の長期金利上昇が、強い経 済や高い生産性期待を反映した「良い金利上昇」なのか、それとも将来的に需要やインフレ を押し下げる「悪い金利上昇」なのかを見極めることでもあるだろう。
(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)