米金利急騰 債券市場を襲った「四重苦」

米金利の上昇が止まらない。9月10日の米国債市場では、10年国債利回りが4.96%まで上昇し、23年10月以来の高水準を記録した。長期金利が5%の節目に迫るなか、市場では金利上昇を後押しする材料が同時多発的に発生しており、まさに「四重苦」と呼べる状況となった。

第1の要因は原油高である。米国とイランの攻撃の応酬が激化するなか、トランプ米大統領は9日、イランとの戦闘終結や原油価格の下落が11月の中間選挙後になるとの見通しを示した。これを受けて原油価格は急騰し、WTI先物は一時1バレル103ドル台まで上昇した。市場ではエネルギー価格高騰の長期化が意識され、10年BEIは2.42%まで上昇した。2026年5月以来の高水準であり、同月につけた2.52%が意識される展開となっている。これまで債務問題が金利上昇の主因だった債券市場において、再びインフレ懸念という新たな上昇圧力が強まってきた。

第2の要因は財政リスクである。トランプ大統領はこの日、中間選挙で共和党が勝利した場合、成人1人当たり5,000ドルを給付する考えを表明した。実現可能性については懐疑的な見方が多いものの、市場が注目したのは政策の実現性ではなく、その政治的メッセージである。財政健全化の必要性が指摘されるなかで、大統領自身が財政拡張的なスタンスを示したことは、債券投資家にとって無視できない材料となった。

第3の要因は米財務省の国債買い入れ消却(バイバック)である。市場では財務省による買い支え効果への期待があったが、実際の買い入れ額は事前に示されていた最大規模を下回った。10-20年ゾーンでは約105億ドルの応札に対し、買い入れは約52億ドルにとどまった。ベッセント財務長官は「安値で買うため表明したほど多くは買い戻さなかった」(Bloomberg)と説明した。いずれにせよ、市場から見れば結果として需給改善効果は限定的だった。好調な30年債入札が実施されたにもかかわらず長期金利上昇を抑制できなかったことは、現在の債券市場の地合いの悪さを象徴している。

第4の要因はECBのタカ派姿勢である。ラガルド総裁は25bpの利上げ決定後の記者会見で、今回の判断は「当然の判断」(ロイター)だったと説明した。また、中東情勢によるインフレ圧力を理由に、インフレ率が長期間にわたり目標を大きく上回るとの見通しを示した。ドイツ国債市場ではイールドカーブのベアフラット化が進行したが、それでも長期金利の上昇は止まらなかった。これは、中央銀行がタカ派姿勢を示してインフレ懸念を抑制しても、長期金利の低下につながらないことを示す重要な事実である。そして、このような市場の反応はFRBにとっても重要な示唆を持つ。FF金利先物市場では9月利上げが約72.5%織り込まれているが、ECB後の市場反応を見る限り、仮にFRBが追加利上げに踏み切ったとしても長期金利の上昇を止められる保証はない。

ベッセント財務長官の信認が試される局面へ

筆者はこれまで、8月20日のCNBCインタビューでベッセント財務長官が財政健全化に言及したことを踏まえ、多少の景気減速を伴いながらも債務問題への懸念を抑制するシナリオをメインシナリオとしてきた。債務問題をソフトランディングさせることは可能だろうという見方である。しかし、その後も具体的な財政健全化策は示されていない。

むしろ、今回のトランプ大統領の発言をみる限り、大統領自身が財政健全化路線に積極的ではない可能性が意識され始めている。考え得るリスクシナリオはいくつかあるが、最大のリスクは長期金利上昇が続くなかで、財政健全化策を打ち出せないベッセント財務長官の信認が低下し続けることである。

中間選挙を前に、トランプ大統領とベッセント財務長官の対立が表面化する可能性は高くないだろう。しかし、市場が両者の政策スタンスの違いを意識するような報道が増えれば話は別である。政権が一枚岩ではなく、財政規律を重視する勢力の影響力が低下しているとの見方が広がれば、市場の財政リスクに対する警戒感は一段と高まるだろう。結局のところ、債務問題が危機的な状況に達するまで本格的な対応は進まないのではないかという懸念すら浮上し始めている。

債務問題はリセッションの引き金となるのか

仮に上述したリスクシナリオが現実となれば、当面は長期金利の一段高が予想される。しかし、その後に市場の焦点となるのは株式市場だろう。今回の債務問題の背景には、ハイパースケーラーによる巨額社債発行への懸念がある。また、AI投資に関連したプライベートクレジット市場のリスクも燻っている。金利上昇への警戒がこれらに波及した場合、市場全体でリスク回避姿勢が強まる可能性がある。

足元ではAI関連投資の力強さを指摘する声が多く、筆者も実体経済における設備投資が急減する可能性は低いとみている。しかし、金融市場が設備投資のピークアウトを先取りし、株価調整が進むようであれば、逆資産効果を通じた個人消費への悪影響は避けられない。

振り返れば、コロナ後の米国経済には少なくとも二度のリセッション懸念があった。2021~22年のインフレ急騰局面と、2022~23年のFRBによる急速な利上げ局面である。しかし、いずれも景気後退には至らなかった。その背景には堅調な株式市場が存在した。AIブームとインフレ環境が株価を押し上げ、経済のクッションとして機能してきたのである。

今回の債務問題悪化というテーマの下でも米国経済は耐えられるだろうか。筆者は、更なる金利上昇というリスクシナリオが顕在化した場合、短期的なリセッションに至る可能性は無視できなくなっていると考えている。過去との大きな違いは、株式市場が経済を支える役割を果たせないかもしれないことである。その場合、市場ではFRBによる利下げは不可避との見方が急速に広がり、現在の金利上昇局面が、将来的には大幅な金利低下局面へ転換する可能性も視野に入ってくるだろう。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)