(ブルームバーグ):世界の株式投資家も、為替市場で円高が加速するリスクを警戒し始めている。これまでの円安を需給面で支えたキャリートレードの巻き戻しが活発化すると資産横断的な投資マネーの逆流が起き、今年前半の相場を盛り上げたAI・半導体関連株の調整が長引く恐れがあるからだ。
日本の超低金利、円安が長らく定着していた中で世界の投資家は調達コストの低い円を借り入れ、高いリターンが見込める米国や新興国の資産を買うキャリートレードを積極的に行ってきた。しかし、ひとたび円高に振れると借入金の返済コストが上がるため、これまでの持ち高を解消せざるを得なくなる。
7月末に日米政府が協調して円買い介入を行っても押し上げ効果は一時的で、再び160円台の円安方向に戻していた円相場が一変したのは先週だ。ベッセント米財務長官が円安を止めるために日本政府や日本銀行が行動することを求める発言を繰り返し、日銀の9月利上げ観測や年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による資産配分見直しへの期待を強める要因になった。
円は8日に対ドルで一時152円89銭と2月以来の高値に上昇。わずか4日間で7円超、5%近く円高に振れたため、市場ではキャリートレード解消への懸念が増大。米商品先物取引委員会(CFTC)のデータによると、9月1日時点の投資筋の円売り越しポジションは11万枚超と1週間前から3割以上増えていた。
KBC証券のグローバル株式部門責任者、アンドレア・ガベローネ氏は円の「投機的ポジションは依然高水準であり、世界の株式市場に警告を発するサインとして円はわれわれが注視する唯一の指標だ」と話す。
為替トレーダーらは円高の勢いが今後も続くとの見方を強めており、ヘッジファンドは円相場が年末までに対ドルで150円を割り込むと予想し、期間が長めの一部のオプション取引では140円までの円高・ドル安の進展を想定する。
円の一段高でキャリートレードの解消が加速すれば、損益を確定させたい投資家は最も流動性があり、収益性の高い保有株を売却しなければならず、これは今年前半のパフォーマンスが良かったテクノロジー株の下落圧力になる。1-6月の世界の主要株価指数の上昇率上位は、AI・半導体株の影響力が大きい韓国総合株価指数(KOSPI)が上昇率2倍でトップ、日経平均株価も39%上げた。
ペッパーストーン・グループのリサーチストラテジスト、ディリン・ウー氏は市場全体に対する感応度を示す「ベータ値が高く、株価収益率(PER)の高い成長株が最も打撃を受ける傾向があり、そうした資産こそ安い円のレバレッジで資金調達されてきた」と指摘。新興国株や高PERの米ハイテク株は要注意と言う。
サムスン証券の株式セールストレーダー、ロイ・リム氏はサムスン電子やSKハイニックスなど韓国の大手半導体株について円相場の変動との関係性を示す証拠はないものの、「広範なデレバレッジの波に巻き込まれる可能性はある」と警戒している。
日本株市場で円高の悪影響が最も危惧されるのは自動車や電機など海外での収益率が高い輸出セクターだ。ティー・ロウ・プライス・ジャパンでグローバルインカム戦略担当の共同ポートフォリオ・マネージャーを務めるデイビッド・クルウェル氏は、企業の今期想定レートである152円が重要水準で、これを上回る円高では今後12カ月の利益の伸びがマイナスに転じる恐れがあるとみる。
2024年の記憶
一部の市場関係者は、日銀の予想外の利上げや米国の雇用関連統計の弱さをきっかけに円キャリートレードの解消が活発化し、日経平均が1日で12%も急落するなど世界の金融市場が混乱した2024年8月の再来を懸念している。円も当時、日本の通貨当局が円買い介入を行った7月に6%超、8月に2%強上昇した。
オーバーシー・チャイニーズ銀行の投資戦略マネジングディレクター、バス・メノン氏は24年のように短期間に大幅で無秩序な円高が起きた場合、「株式市場で大規模な売りが浴びせられるリスクは否定できない」と話す。
もっとも、今までのところ24年当時と比べ円の上昇率は限定的で、日銀の利上げに関しても9月17-18日に開かれる金融政策決定会合で政策金利が25ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)引き上げられる可能性をスワップ市場は完全に織り込んでいる。
また、BNYでアジア担当マクロ・投資戦略責任者を務めるアニンダ・ミトラ氏によると、キャリートレードの正確な規模を定量化することは困難だが、日銀のレポ取引・証券貸借のデータから推計する限り、日米の金利差が縮小し始めた25年ごろにピークを迎え、徐々に減少傾向にあるという。
一方、国際決済銀行(BIS)のデータでは、オフショアの非銀行系借り手に対する円建ての貸し出しと預金額の合計は第1四半期時点で42兆円。過去最高だった24年末の45兆7000億円からは減ったが、10年前との比較ではほぼ2倍だ。
円高とキャリートレード解消の行方は、日銀会合後の記者会見で植田和男総裁がターミナルレート(利上げの最終到達点)や今後の利上げペースに関するヒントを示すかどうか、発言内容にかかっている。
ブラックロックのグローバルチーフ投資ストラテジスト、ウェイ・リ氏は「日本が数十年にわたるデフレから脱却し、金利が正常化に向かっている中では円キャリー取引の見通しは以前ほど明確ではない」としている。
--取材協力:近藤雅岐.
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