定年退職を過ぎた60歳、再雇用を終えた65歳で無職になるのは、物足りなさを感じる。まだ身体は動くし、旅行にも行きたいので、決まった収入が欲しい。そうかと言って、体力は落ちており、現役時代のような働き方を続けられるか、自信が持てない――。このような気持ちを抱く人は、男女を問わず多いのではないだろうか。そんな人たちにこそ、定年後の「ちょうどいい」働き方、すなわちフルタイムではなく、短日や短時間で働くスタイルを提案したい。

60代前半は、まだ現役時代の習慣が残っているので、特に男性の場合、フルタイムの方が馴染む人も多いだろうが、60代後半になると、ほどほど働く方が良いと思う人が、増えるのではないだろうか。短日・短時間でも仕事をして、体を動かし、社会とつながりを持ち続けることは、つながる可能性がある。フルタイムでなければ、体力的な負荷も小さく、趣味を楽しむ時間も確保しやすい。ただし、社会保険の加入要件を満たすかどうかによって、負担や給付には違いが生じる。

本稿では、拙著『女性たちの定年後―お金・仕事・暮らしのリアル』(祥伝社新書)から、自身の体調や暮らしに合わせて短日・短時間で働いている女性たちの事例を紹介しながら、家計面や健康面、社会保険の観点を含めて、シニアにとって「ちょうどいい」働き方について考えたい。

同書で紹介した女性11人のうち、関西地方在住で、高校卒業から42年間、役所に勤めたNさん(64歳)は、60歳で定年退職し、1年間、無職で休息を取った後に、障害者の通所事業所で臨時職員として働き始めた。役所で障害者福祉施策に携わっていた頃から、「定年後は福祉の現場で働きたい」と心に決めていたという。就業時間は1日6時間、週3日勤務。年収は160万円ほどだという。Nさんは「たとえお給料が減っても、時間的にも、気持ちの面でも、余裕を持って働きたかったから」と、この働き方を選んだ理由を説明する。

現在は、職場に育児休業中の職員がいるため、自ら申し出て、一時的に週4日に増やしたが、「勤務が1日増えるだけで、なかなか疲れがとれない」と言い、その職員が復帰したら週3日に戻してもらう予定だ。さらに65歳になったら週2日に減らし、体力が続けば70歳まで働きたいと話している。因みに、定年退職後1年間の休息期間中には、夫と小旅行などをしてゆっくり過ごしたという。自身の希望の暮らしや体力に合わせて、「働く時間」と「休む時間」をコントロールしている例である。

また、関東地方在住で、大手電機メーカーを早期退職した後、中小の建設会社で契約社員として働くKさん(62歳)は、1日8時間、週4日勤務で働いている。週4日勤務を選択したのは、週末を3連休にして、夫婦で別荘へ行ったり旅行したりするためである。大手電機メーカー時代は、管理職として仕事に奔走してきたが、定年後は一転して消費に軸足を置き、夫婦で「楽しく暮らす」ことを最優先すると決めたからだ。Kさんの年間の手取り収入は約450万円だという。夫もアルバイトや企業年金などで約180万円の年収がある。休日の過ごし方の理想から逆算して、働き方を決めた例である。

統計的にも、シニアになると就業時間を減らす人が多い。総務省の「労働力調査」(2025年)によると、男性の場合、就業者のうち、週40時間以上働く人の割合が50代では7~8割と大部分を占め、60代前半でも約6割を占めているが、60代後半では5割弱、70代前半では約3割に低下する。女性の場合は、もともと非正規雇用が多いため、現役時代から男性よりも就業時間が短い。週40時間以上働く割合が50代では約4割、60代前半では約3割、60代後半では約2割、と下がっていく。

高齢期になれば、体力が低下したり持病を抱えたりするので、就業時間を減らすのは自然だと言える。特に女性の場合、男性に比べて、ミドル期から体調不良を実感する人が多いため、無理なく働き続けるためには、就業時間や就業日数を減らすことが、現実的な選択肢になっていると考えられる。

シニアになって就業時間が減るのは、家計面で、現役時代と同じだけ稼ぐ必要が薄れていくため、という事情もある。シニアの家計を総務省の「令和6年全国家計構造調査」から見てみると、60歳以降は現役時代に比べて、確かに給料は大きく下がる。ただし、収入が下がると税・社会保険料も減少するので、可処分所得の減少幅は緩和される。世帯によっては、子が独立して教育費が激減したり、住宅ローンの支払いが終了したりする。個人年金や企業年金の受け取りが始まる世帯もある。そして最大の変化は、60歳に到達すれば原則、国民年金の保険料の支払いが終了し、65歳になれば、公的年金の受給を開始できるため、家計構造が変化する。

もちろん、家族構成や子の年齢、配偶者の就業状況、持ち家の有無、年金水準、医療費などによって必要な収入は異なるが、高齢期には「子の就職」や「住宅ローンの完済」、「年金受給開始」といったライフイベントがあり、その度に、家計収支は変化していく。老後の医療・介護費に漠然とした不安を抱く人も多いと思うが、お金に関しては、身軽になる側面もある。

実際にどれぐらい働くのが「ちょうどいい」かは人によって異なるだろうが、大まかに言えば、短時間労働者については、1週間の所定労働時間20時間が、社会保険への加入を分ける一つの重要なラインとなる。社会保険に加入を続ければ、70歳到達前は厚生年金に、75歳到達前は会社の健康保険に加入し続けられる。厚生年金に加入し続けると、毎月、保険料を支払い続けなければならないが、70歳未満なら、納付した保険料は老齢厚生年金額に反映され、受給金額が増える。

もし就業時間を減らした結果、社会保険の加入対象から外れれば、厚生年金の保険料を支払う必要はなくなるが、将来の老齢厚生年金を増やすこともできない。また、医療保険が会社の健康保険から国民健康保険に移ると、保険料は労使折半ではなくなるため、負担に感じる人も多いだろう。さらに、国保には扶養の仕組みもないので、会社の健康保険で配偶者を扶養していた人は、健康保険に任意継続せずに国保に移ると、夫婦二人分の保険料を負担しなければならなくなる。

年金水準が高く、65歳以上で働き続けると、「在職老齢年金」制度によって年金を減らされる心配がある人には、別の観点もある。現在は、賃金と老齢厚生年金(報酬比例部分)の合計が月65万円を超えると、超えた額の半分の年金が支給停止されるため、「せっかく高い年金保険料を支払ってきたのに、年金の一部を支給停止されたら損だ」と考えて就業を控えようとしている人もいるかもしれないが、短日・短時間を選べば、避けられるという場合もあるだろう。

健康面からも、働き続けることは意義が大きい。東京都健康長寿医療センター研究所の追跡調査によると、フレイルではない高齢者の場合、フルタイムで就業している場合と、パートタイムで就業している場合のいずれも、まったく働いていない場合に比べて、要介護認定を受けるリスクが約3割抑制されたことが分かった。特に、認知症を主因とする要介護認定を受けるリスクは約5割抑制された。フルタイムでなくても、定期的に外出し、仕事で頭や体を使い、社会とつながりを持ち続けることが、介護予防に役立つ可能性が示されているのである。

それでは実際に、継続雇用で働く場合には、短日・短時間の勤務形態で働ける企業は、どれぐらいあるのだろうか。少し古い調査になるが、独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)が2013年に常用労働者50人以上の企業対象に行った調査によると、継続雇用者の勤務日数・時間(複数回答)は、「フルタイム」は86.0%、「時間はフルタイムだが日数を減らす(短日数)」は26.6%、「時間はフルタイムより減るが日数は同じ(短時間)」18.2%、「時間も日数もフルタイムより減る(短日数・短時間)」は18.1%だった。同じ職場でも、多様な働き方があるようだが、本人の希望に応じて選べるのかどうかは定かではない。また、フルタイムの勤務形態を設ける企業が大半を占める。

企業規模別の回答を見ると、企業規模1,000人以上ではフルタイムが89.3%、短日数が46.5%、短時間が40.0%、短日数・短時間が36.2%と、フルタイム以外の割合が高くなっており、大企業の方が、多様な働き方を導入していることが伺える。

調査主体や調査方法は異なるが、より新しい労務行政研究所の調査も確認する。同社が2023年、専門誌『労政時報』定期購読者向けサイトに登録した人事労務担当者約2.6万人に行った調査では、企業規模計では、「フルタイム」は92.1%、「日数少・時間同」は35.5%、「日数同・時間短」は26.4%、「日数少・時間短」は20.0%、「その他」は7.2%だった。JILPTの調査に比べれば、短日数・短時間勤務を設ける企業の割合がやや高かったが、フルタイムの勤務形態を設ける企業が大半を占めた。

以上のことから、今後、シニアが長く働き続けるためには、より多くの企業に、短日・短時間勤務などの柔軟な働き方が広がることが、重要だと言えるのではないだろうか。もちろん、シニアが働くためには他にも、労災予防のための段差解消や照度の確保、操作しやすい小型機械や設備の導入など、必要な対策はあるが、働き方も重要なポイントである。

筆者の既出レポートで述べたように、シニアの就業率は上昇に陰りが見え始めている。また将来的には、高齢者人口自体が減少していく。そのような中で、シニアの労働力を確保、活用するためには、多様な受け皿を用意して、より多くのシニアが働きやすい職場を整えていくことが必要だろう。

そして個人の側は、高齢期を前にして「働き続けるか、無職になるか」という二者択一ではなく、自身の暮らしや体調の変化に合わせて、仕事の比重を少しずつ下げていくなど、柔軟に考えて良いのではないだろうか。その際は、社会保険の変化にも気を配る必要がある。

現役時代の延長で高齢期の就業を捉えるのではなく、自分にとっての「ちょうどいい」を探しながら働き続け、社会と関わり続けることが、人生100年時代を豊かに過ごすあり方ではないだろうか。

(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子)