9月利上げは既定路線、焦点はその後のペースへ

共同通信は9月8日、「日銀が17、18日に開く次回の金融政策決定会合で、政策金利を現在の1.0%程度から1.25%程度に引き上げを決める方針であることが8日、分かった」と報じた。もっとも、この報道自体は市場に大きな驚きを与えなかった。9月利上げはすでに市場でほぼ完全に織り込まれており、市場の反応も限定的だった。

現在の市場参加者の関心は、9月利上げそのものではなく、その後の日銀がどのようなペースで追加利上げを進めるのかという点に移っている。特に注目されるのが、植田総裁が決定会合後の記者会見で今後の政策運営についてどのようなシグナルを発するかである。

実際、市場では将来の利上げ期待が再び高まりつつある。円OIS市場では27年7月の決定会合までに約3.72回の利上げが織り込まれている。8月中旬時点では3回程度であったことを考えると、利上げペース加速への期待が明確に高まったことになる。

その背景として考えられるのが、ベッセント米財務長官による一連の発言である。ベッセント財務長官は8月下旬にかけて、高市政権に対してリフレ政策への依存を見直すべきとの趣旨の発言を断続的に行った。市場では、こうした発言が日銀の政策運営を事実上後押ししているとの解釈が広がった。米財務長官という国際金融政策上の有力プレーヤーが円安是正や金融正常化に理解を示していることで、日銀の政策自由度が高まったと受け止められているのである。

高市政権は本当に利上げの障害だったのか

もっとも、市場で広がる「高市政権の影響力低下によって日銀は利上げしやすくなる」という見方には、やや単純化された面もあるように思われる。

振り返れば、日銀の利上げペースは高市政権発足後にむしろ加速してきた。もちろん25年には米国の関税政策を巡る不透明感などもあり、日銀は一時的に慎重姿勢を強めた。そのため、26年に入ってからは利上げが再開された面もある。しかし、円安進行が日銀に追加利上げを促す方向に作用したとの見方が強いだろう。

高市政権発足後、市場では財政拡張への期待や懸念が交錯する中で円安圧力が高まった。その結果として輸入物価上昇リスクやインフレ上振れリスクが意識され、日銀はより積極的な金融正常化を迫られた側面がある。

言い換えれば、本来は利上げに否定的と考えられていた政権の誕生が、結果として利上げを促進した面があったということである。極めてシニカルな見方ではあるが、「利上げに否定的な政権の発足が、かえって利上げペースを速めた」と整理することもできるだろう。

こうした視点に立つと、ベッセント財務長官の発言によって市場環境が変化した場合、その影響は単純に「日銀が利上げしやすくなる」という方向だけではない。むしろ、日銀が利上げを急がなければならなかった要因そのものを弱める可能性がある。

円安の背景は「金融政策」と「財政リスク」の二重構造

筆者は、近年の円安には大きく分けて二つの要因があったと考えている。
第一は日銀の利上げの遅れ、第二は財政リスクの高まりである。

ドル指数とドル円相場の推移を振り返ると、円安圧力が特に強まった局面は大きく二度あったとみられる。第一は23年初から24年春頃にかけての時期であり、ドル円は約20円程度円安方向へ動いた(ドル指数とドル円の動きを比較した筆者の試算)。第二は2025年春頃から2026年春頃にかけてであり、この期間も約15円程度の円安が進行した(同)。

第一の局面では、欧米の中央銀行が急速な利上げを進める一方で、日銀の正常化が遅れたことが主な要因と考えられる。いわゆるビハインド・ザ・カーブへの懸念であり、日本の実質金利が相対的に低い状態が継続するとの見方が円売り圧力につながった。

これに対して第二の局面では、財政リスクを反映した色彩が強かったとみられる。25年7月の参院選では野党各党が消費税率引き下げを主張し、財政規律を巡る懸念が強まった。その後、高市政権の発足によって積極財政に向かっていくことが一段と意識された。市場では国債増発リスクや長期金利上昇リスクが意識され、日本財政に対する不安感が円の下押し要因になったと考えられる。

近年よく指摘されるデジタル赤字や貿易収支悪化などの構造要因ももちろん重要である。しかし、それらは数年単位でじわじわと円相場に影響する性格のものであり、短期間で10円、20円規模の円安をもたらす要因とは考えにくい。実際に急激な円安が進んだ局面を振り返ると、金融政策要因と財政リスク要因が重なった時期であった可能性が高い。

この観点からすれば、ベッセント財務長官の発言は、単に日銀の利上げ自由度を高めるだけではない。財政リスクの低下を通じて円安圧力そのものを弱める効果があると考えられる。

「高市リスク」低下は日銀の利上げペースを鈍化させる可能性

市場参加者が意識している「高市リスク」は「日銀への圧力」と「財政リスクの高まり」の2つがセットになっていることが重要である。足元の市場では、「高市政権による日銀への圧力」という足かせが外れることで、日銀がより積極的に利上げを進められるようになるとの見方が優勢である。しかし、より重要なのは財政リスク低下を通じた為替市場への影響かもしれない。

仮に最近の円高進行の一部が財政リスク後退を反映したものであるならば、今後ドル円が160円を超えるような極端な円安局面が再び訪れる可能性は低下するだろう。そして、160円接近のような円安圧力がなければ、日銀が利上げを前倒しで実施する必要性も低下する。

そもそも、いわゆる「骨太ショック」がなければ、9月決定会合での利上げ観測はここまで高まらなかったのではないだろうか。市場が財政規律への懸念を強め、円安と長期金利上昇が同時に進行した結果、日銀は利上げペースの加速を検討せざるを得なかったと言える。

もちろん、為替相場は円サイドの要因だけで決まるものではない。ドルサイド、すなわちFRBの政策動向も極めて重要である。しかし筆者は、現時点でFRBが追加利上げに踏み切る可能性は高くないと考えている。そうした前提に立てば、日銀は9月に利上げを実施した後、相当期間にわたって状況を見極める姿勢に転じる公算が大きい。

市場では「高市リスクの低下=日銀利上げペース加速」という理解が広がっている。しかし実際には、高市リスクの低下は財政リスクの低下を通じて円安圧力を緩和し、その結果として日銀の追加利上げの必要性を低下させる可能性がある。皮肉にも、「高市リスク」の低下は日銀の利上げ加速よりも、むしろ利上げ減速に寄与するのではないだろうか。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)