CPIは弱めだったが、漠然としたインフレ懸念は残る

8月12日の米国株式市場は、7月のCPIが市場予想並みの結果となる中、FRBの利上げ観測が後退したことが好感されたが、全体的には動意に乏しい展開となった。

CPIがインフレ加速を示さなかったことは株式市場にとってポジティブだが、このところ原油価格がやや高止まりしていることもあり、インフレ懸念は根強い。7日に公表された7月の雇用統計では、平均時給の伸び率が縮小した。インフレ懸念は徐々に弱まっていくことが予想されるものの、中間選挙を控える中で、トランプ政権がどのような政策を採っていくのか読みにくい面がある。米国とイランの交渉も順調とは言えず、原油価格の動向も不透明である。長期金利が高水準にあることを考慮すると、トランプ政権はインフレ予想や金利を高めないよう努めることが予想されるものの、不確実性は残る。現状では、①トランプ政権のスタンスも不透明、②インフレ動向も不透明、③米経済のファンダメンタルズも不透明、という状況と言え、株価は方向感が出にくい状況が続くだろう。

漠然としたインフレ懸念の正体を突き止めることは困難

8月12日の米国債券市場では、弱めのCPIの結果を受けて利上げ観測が後退したものの、全体的には小動きとなった。長期金利は前日比+0.4bp、2年金利は同▲1.3bpだった。

10年実質金利が同+0.3bp、10年インフレ予想(BEI)が同+0.1bpとなった。FF金利先物市場が織り込む9月の利上げ確率は39.9%となり、前日の48.1%から低下した。年内の利上げ回数についても、この日は1.09回となり、前日の1.17回から減少した。ウォーシュFRB議長は利上げに慎重とみられ、9月FOMCは現状維持となる可能性が高い。今後もインフレ懸念が徐々に後退し、結果的にFRBが年内に利上げを実施することはないだろうと、筆者はみている。長期金利の上昇圧力は徐々に弱まるだろう。

とはいえ、市場では、漠然としたインフレ懸念が根強いようである。市場が警戒する漠然としたインフレ懸念とはいったい何なのか。説明できる人は少ないだろう。CPIなどのインフレ指標は落ち着いた推移が続いており、賃金上昇率も鈍化傾向である。物価連動債が織り込むBEIは2.27%と、23年以降のコアレンジ(概ね2.2~2.4%)の下方に位置している。

おそらく、(1)前述したようなトランプ政権の政策不確実性、(2)これまでもインフレ鈍化がゆっくりだったという経験則、(3)長期金利が高水準のまま下がらないから、といった要因がインフレ懸念という分かりやすい議論に変換されているのだと、筆者はみている。もっとも、(1)と(2)については、本当に強いのであれば、インフレリスクプレミアムとしてBEIに織り込まれるはずである。BEIが低迷していることを考慮すると、これらは主因ではないだろう。そうなると、結果的に(3)金利が高いからインフレ懸念が根強いのだろう、というイメージが市場における漠然としたインフレ懸念の正体である可能性が高い。

金利が高いからインフレ懸念が根強いという状況は、なかなか厄介である。
単純化すると、金利が下がるためにはインフレ懸念の後退が必要となるが、金利が下がらなければインフレ懸念は後退しないと言えるからである。したがって、7月のCPIのようにインフレ指標が弱めの結果になったとしても、状況は大きく変わりにくい。今後、長期金利が大きく低下するためには、インフレ見通しとは関係のない要因、すなわち景気の下振れ要因が必要となるだろう。引き続き、雇用統計の動向に注目が必要である。7月の雇用統計は弱めの結果となったが、8月も弱めの結果となれば、長期金利の低下幅が大きくなるだろう。

9月利上げの協調介入「バーター説」は微妙だが、利上げ確率は高まった

FRBの9月利上げの見通しは後退しているものの、日銀の9月利上げの見通しは高止まりしそうである。現状、円OIS市場は日銀が9月17-18日の決定会合で利上げを決める可能性を63.8%織り込んでいる。

10日には共同通信が「日米両政府が米東部時間7月31日に実施した異例の28年ぶりの円買い協調介入は、日銀の植田和男総裁が直前の7月31日の記者会見で、9月以降の早期に政策金利を引き上げると強く示唆したことが決め手となったことが10日分かった」「ある高官は『植田氏発言は米側に高く売れた。一方で、日銀は(次回9月17、18日の金融政策決定会合で)利上げの選択肢以外は取れなくなった』と語った」と報じた。毎日新聞も10日に同様の趣旨の記事を配信し、植田総裁が「利上げのペースを速めることもあり得る」と述べたことについて、「米国側は、この発言を9月会合での利上げを示唆したものと受け止め、日本政府が求める協調介入に協力する意向を固めたという」と報じた。

むろん、日本発の金利ショック(いわゆるトラスショック)の発生を避けたいとみられる米国側(特にベッセント財務長官)が、円安進行と長期金利の上昇を防ぐために必要であれば日銀が利上げを実施すべきだと考えている可能性は高い。もっとも、決定会合の前に日本は円買い介入を実施したことを考えると、共同通信や毎日新聞の報道にはやや違和感がある。今回、最初に円買い介入(日本の単独介入とみられる)が実施されたのは、植田総裁が会見をした7月31日の前日である30日の夕方だったようである。この単独介入は、31日に協調介入が実施されることが前提となっていたと考えるのが妥当だろう。

そもそも、植田総裁の発言は利上げ示唆というほど決定的なものではなかったと、筆者は捉えている。毎日新聞は「政府関係者は『日銀の動向をつぶさに観察している専門家であれば、植田総裁発言は利上げを示唆したものと容易に理解できる』と述べた」と報じたが、「利上げ示唆」とまでは言えないのではないだろうか。

では、後になって日銀の利上げは協調介入の「バーター説」が出てきた理由は何だろうか。例えば、協調介入の効果が限定的と評価され、再び円安・金利上昇の懸念が高まってきたことに焦った政府が、次の一手として日銀の利上げを促そうとしている可能性があるだろう。むろん、引き続き、高市政権は利上げに消極的であるとみられるが、トラスショックは避けたいとすれば、協調介入のバックストップ(保険)として日銀の利上げペース加速というカードも用意している可能性はある。

日銀の独立性が十分ではないという懸念が円安・金利上昇につながっている面があることを考慮すれば、このような政府の姿勢は得策ではないだろう。しかし、結果的に日銀が利上げを実施する可能性が高まってきたことは事実である。9月決定会合で利上げが実施される可能性は五分五分の状況だろう。9月に踏み込んだ発言をした上で10月に利上げを実施する可能性もあるが、9月か10月の決定会合で利上げが実施されることをメインシナリオにすべきであると、筆者はこれまでの見通し(年内利上げなし)を変更する。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)