・長期金利の上昇を受け、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による国内債券投資の拡大が市場で意識されている。

・足元は、国内債券比率を大幅に引き下げた2014年とは逆向きの金利環境にあるが、それが即ち資産配分の変更を意味するとは限らない。

・GPIFの運用目標は、運用ポートフォリオ全体で「名目賃金上昇率+1.9%」を確保することである。仮にこれを国債単体で見ると、国債利回りから名目賃金上昇率を引いた国債の実質ベースの期待リターンの参考指標(後述)は、2014年の基本ポートフォリオ見直し直前の平均0.4%に対し、足元では平均▲0.2%となっている。

・これを見る限り、長期金利(名目金利)は上昇したものの、名目賃金上昇率との関係でみた国内債券の収益性は改善していない。経済・市場環境の変化に応じて基本ポートフォリオを見直すことは重要である。ただし、その判断は運用目標をより小さなリスクで達成できるかという、GPIF本来の判断基準に基づくべきであり、他の政策的な要請とは区別して考える必要がある。

骨太ショックを契機としたGPIFの運用に対する言及

2026年6月30日の「骨太の方針」原案の公表を受けて、財政運営や日本銀行の独立性に対する懸念から、長期金利(10年国債)は7月9日に30年ぶりの水準となる2.9%まで上昇した。市場ではこの一連の動きを「骨太ショック」と呼んでいる。翌日10日に片山財務相は「まず家計ですね。そしてGPIFをはじめとする年金基金により日本の金融資産にさらなる投資をしていただくという方向で後押しをする方策を追求したいというふうに考えております」「GPIFにつきましては私だけでできることではありませんが、政府内でもきちっと意思統一をして話をしていきたいと思っております」と発言した。これはGPIFの基本ポートフォリオの見直しや日本国債の購入を市場に想起させ、長期金利の更なる上昇の抑制に寄与した可能性があり、長期金利は2.7%へ低下した。

一方、GPIFを所管する上野厚生労働相は「現在の運用環境は基本ポートフォリオが想定しているものから大きく乖離しているとは考えていません」と述べ、見直しには慎重な姿勢を示している。

安倍政権下の2014年10月、GPIFは、国内金利の大幅な低下により国内債券中心の運用では必要な運用利回りの確保が難しくなるとの見通しなどを踏まえ、基本ポートフォリオを大幅に見直した。足元で金利の方向が当時とは逆向きの金利上昇局面であるため、市場では基本ポートフォリオの見直しなどによる国内債券比率の引き上げが連想されやすい。また、高市政権の掲げる「強く豊かな日本」投資枠の財源や国債発行をめぐる財政への懸念も、GPIFへの関心を高めた可能性がある。しかし、GPIFの資産配分は、金利水準や方向だけではなく運用目標とリスク・リターンの観点から判断されるべきであり、話はそれほど単純ではない。

足元では金利上昇が継続しており、金利変動の方向が2014年とは逆であるとしても、基本ポートフォリオの見直しなどにより国内債券比率を引き上げることは、GPIFの運用目標に照らして合理的なのだろうか。本稿では、足もとの金利環境を踏まえ、公的年金運用と国内債券投資の関係、GPIFの運用目標と制度の枠組みに基づいて整理したい。

GPIFの運用目標と2014年の基本ポートフォリオの見直し

議論の出発点として、GPIFの運用目標の考え方を整理する。賃金上昇は公的年金の給付水準を決める様々な要素の一つであり、GPIFによる公的年金運用も名目賃金上昇率との相対関係で評価される。このため、現在の運用目標は、運用利回りから名目賃金上昇率を差し引いた実質的な運用利回りとして1.9%(以降は、「賃金上昇率+1.9%」と略記)を最低限のリスクで確保することとなっている。運用目標が、名目賃金上昇率を上回る実質ベースとなっている点が特徴である。

次に、2014年10月の基本ポートフォリオの見直しについて整理をする。この見直しでは、国内債券比率を60%から35%へ引き下げ、国内株式・外国株式をそれぞれ12%から25%へと引き上げる大幅な変更を行った。

この変更では、国債金利(名目金利)が低水準かつ低下傾向であった点よりも、国内債券中心の運用では名目賃金上昇率+1.7%の実質的な運用目標の確保が困難であった点が重要であったと考える。そこで、基本ポートフォリオを見直した2014年10月までの2年間(2012年10月~2014年9月)について、国債金利(15年)、名目賃金上昇率、国内債券の実質期待リターン参考指標(グラフおよび以降は「実質期待リターン参考指標」と略記)を確認する(図表4)。実質期待リターン参考指標は、国内債券の名目期待リターンを国債金利(15年)と仮定して、「国債金利(15年)-名目賃金上昇率」とする。なお、国債金利(15年)を国内債券の名目期待リターンの代替指標することについては、GPIF職員によるワーキングペーパーを参考としている。実質期待リターン参考指標の推移を見ると、プラスからマイナスに徐々に低下している。これは、国債金利(15年)の低下と名目賃金上昇率の上昇の双方の要因により、2012年12月に発足した第二次安倍政権が、3本の矢からなるアベノミクスを推し進めていた時期にあたる。日本銀行による金融緩和政策により国債金利は低下する一方で、株価上昇や円安、企業業績の回復等を背景に名目賃金は上昇した。これらにより、基本ポートフォリオ見直しの直前1年間(2013年10月~2014年9月)の実質期待リターン参考指標の平均は0.4%となった。当時のGPIFの資料では、国内債券の実質的な期待リターンは▲0.1%~▲0.2%と示されており、運用目標の達成に向けて国内債券から株式等へ資金をシフトすることは、合理的な判断であったと言えよう。

ここから示唆されることは、GPIFにとっての国内債券の収益性は、名目金利の高低のみではなく、年金給付や保険料収入に連動する名目賃金上昇率と比較した実質ベースで捉える必要があるとの点だ。