はじめに
上昇を続けてきたシニアの就業率に、陰りが見え始めた。
総務省の「労働力調査」によると、65歳以上の就業率は2025年、前年を0.3ポイント上回る26.0%となり、1980年以降で最高を更新したが、より手前の年齢階級まで視野を広げ、性別に見ると、「60代前半男性」の就業率は2024年に84.0%となって前年を0.4ポイント下回り、21年ぶりに下降した。シニアの中でも「60代前半男性」は就業率、就業時間ともに最高で、「働くシニア」をけん引する存在であるため、その勢いが弱まれば、「働くシニア」全体の上昇基調に影響を及ぼす可能性がある。
内閣府は、就業率が今後も一定であれば、団塊ジュニアが60代半ばに達する2030年代後半にも、60歳以上の就業者数は減少に転じるという予測を公表しているが、今後も60代前半男性の就業率が下降が続けば、減少はより早く始まる可能性もある。本稿では、労働力調査より、最新のシニアの就業率と就業者数の値について解説し、今後、シニア就労を推進していくための課題を考察する。

シニアの就業率
男性の就業率は上限に近づく
まず、男性の就業率の動きを詳しくみると、60代前半男性は2023年に84.4%となり、データを比較可能な1968年以降、過去最高となったが、2024年に0.4ポイント低下した。2025年には0.1ポイント回復したが、今後、従来のような上昇基調に戻るかどうかは不透明である。50代後半男性の就率も、2024年以降、微減しているからである。
高齢者の就業率が近年、頭打ちになっていることは、これまでにも指摘されてきた。そもそもシニア男性の就業率は、国の高齢者雇用政策を受けて上昇してきたが、65歳までの雇用確保が企業に浸透し、60代前半男性の就業率が既に上限に近づいている可能性がある。高年齢者雇用安定法は2006年度から、企業に対して、希望する労働者の65歳までの雇用確保を義務付け、2013年度からは労使協定による例外規定も廃止、2025年度には経過措置が終了して全面施行された。企業はこれらの法改正に対応する形で対策を講じ、2015年には99%以上が65歳までの雇用確保制度を設けており、企業側の受け入れ態勢は、制度上は約10年前に整っている。
これに比べて、60代後半や70代前半に関しては、直近5年間でも就業率が計3ポイント以上、上昇しており(60代前半は1.5ポイント)、今後も上昇が続く余地がある。高年齢者雇用安定法でも、70歳までの就業機会確保は2021年から企業の努力義務とされたが、31人以上企業で対応済みの割合は2025年時点で33.9%に過ぎない。今後、新たに対応を整える企業が増え、60代後半でも働ける職場が増えれば、60代後半まで働き続ける男性が増える可能性はあるだろう。内閣府も、今後は70代が働くシニアのけん引役になっていくという予測を立てている。
一方、シニアの意識を見ると、就労意欲は男女ともに高い。内閣府「令和6年度 高齢社会対策総合調査(高齢者の経済生活に関する調査)」によると、60歳以上のうち就業意欲がある人は、男性が92.7%、女性が89.3%に上る。このような就労意欲の高まりは、長寿化や公的年金の支給開始年齢の引き上げに加えて、従前に比べて心身機能を維持している高齢者が増えたという「高齢者の若返り」も影響していると考えられる。

女性の就業率は上昇が続く
次に、女性を見ると、男性とは傾向が異なる。
いずれの年齢階級でも順調に上昇が続いており、2025年には、50代後半、60代前半、60代後半、70代前半、75歳以上のすべてのカテゴリーで1968年以降、過去最高を更新した。この期間に女性の社会進出が進み、働く女性が大幅に増え続けてきたことを表している。出産・育児期にあたる30代でいったん就業率が下がる「M字カーブ」の課題は近年まで残されてはいたが、就業率自体は、すべての年齢階級で上昇してきた。
1985年から2025年までの過去40年の女性の就業率の変化幅を、若年期を含めて5歳ごとの年齢階級別に比べると、特に伸びが大きいのが、結婚・出産期にあたる20代後半~30代前半(35.0~35.9ポイント増加)と、ミドルシニア期と言える50代後半~60代前半(20.6~27.0ポイント増加)である。60代後半から70代前半も二桁の伸びを見せており、シニア期まで含めて、働く女性は過去40年で一貫して増加してきたと言える。女性の雇用は、高齢者雇用政策以上に、過去40年間に拡充されてきた雇用均等政策や両立支援政策などの影響が大きいと言えるだろう。
シニアの就業者数~人口構成の変化と将来的な減少
シニアの就業率の上昇に押されて、シニアの就業者数もこれまで大幅に増加を続けてきた。世代によって人口ボリュームに差があるため、年によって就業者数に多少の上下はあるが、ほぼ右肩上がりで推移してきた。しかし将来的には、シニアの就業者数も減少に転じると予測されている。就業者数は、各年齢階級の人口と就業率の双方によって決まるため、仮にシニアの就業率が一定だったとしても、団塊ジュニアより下の世代は、人口が減少していくためである。はじめに紹介した内閣府の試算では、就業率が一定だった場合、当面10年程度はシニアの就業者数は増加するが、団塊ジュニアが60代半ばに達する2030年代後半をピークに、減少に転じると予測している。働くシニアのけん引役であった60代前半男性の就業率に陰りが見え始めており、今後、下降していけば、減少時期は、より早まる可能性もある。

年齢階級が上がるほど短くなる労働時間
もう一つの懸念材料は、仮にシニアの就業者数が2030年代半ばまで増加し続けるとしても、現状のままでは、シニアの労働量(就業者数×就業時間)は減少する可能性があることである。一言でシニアと言っても、年齢階級が上がるほど就業時間が短いからである。
総務省の労働力調査によると、例えば週40時間以上働く割合は、男性の場合、60代前半は63.5%だが、60代後半では37.3%、70代前半では32.8%に低下する。女性の場合はさらに低く、60代前半では30.3%、60代後半では19.3%、70代前半女性では14.1%である。従って、シニアの就業者数が増加しても、その「シニア」の中身が、労働時間が長い60代男性の構成割合が減少し、労働時間が短い70代以上の男性や女性の構成割合が増えれば、労働量は減少する可能性がある。
因みに女性の方が40時間以上の割合が低いのは、家計補助役割で働き、「年収の壁」を意識して就業調整する人が多いこと、ミドル期以降、男性よりも体調不良を自覚する人が多く、健康面の事情を抱えやすいこと、家庭で家事や介護などのケア役割が大きいことなどが関連していると考えられる。

今後の課題は柔軟な働き方の整備とシニア女性の就業促進
このように、60代前半男性の就業率に陰りが見え始め、人口構成の観点からも、シニアの就業者数が将来的に減少していくと見込まれる中で、今後、シニアの労働量を維持していくためには、どのような道があり得るだろうか。
まず言えることは、「年収の壁」や、在職老齢年金制度によって、賃金と老齢厚生年金の月額の合計が一定水準を上回ると、年金の一部または全部が支給停止となる仕組み、すなわち「年金の壁」を意識した就業調整を防ぐ制度設計が必要だろう。
しかし、就業調整とは無関係に、週40時間未満の短い時間で働くシニアに関しては、今後、就業時間の増加を促すという方向性は難しいと筆者は考える。厚生労働省の「令和5年(2023)患者調査」によると、何らかの疾患で通院する患者数は、男女いずれも高齢期にかけて増大していく。健康状態は個人差が大きいものの、病気が増える60代後半以降に働く時間が伸び、心身への負担が増えれば、むしろ仕事から引退する時期を早める可能性がある。それよりも、シニアにとって負担が過重にならずに長く働き続けることができるように、柔軟に働ける環境を整えて、より多くのシニアに就業を促す方向性を模索していくべきだと筆者は考える。具体的には、短時間や短日でも働ける制度、通院や介護と仕事の両立支援などである。
そして今後、新たに働き始めることを期待できる層は、やはり女性ではないだろうか。ミドル期から下の世代を見ても、直近でも就業率の上昇が続いており、女性については今後もシニア期の就業率上昇が期待できるからである。
もちろん、希望しない女性に就労を求めることは適切ではないが、60歳以上で就業意欲がある女性は89.3%に上り、働き続けることへの意欲は大きい。これに対して、2025年時点の60代前半女性の就業率は65.8%であり、希望しながら就業に至っていない女性は、まだ多いと見られる。女性は男性に比べれば就業時間は短いが、就業率が伸びれば、トータルの労働量を増やすことはできる。
従って今後は、シニア女性がより働きやすいように、就業調整を解消する制度設計や、柔軟に働ける職場環境の整備に加えて、政府が家事や介護を夫婦で適切に分担する重要性を啓発したり、女性がシニア期の仕事の選択肢を増やせるように、福祉関係の資格取得など、リスキリングを促進したりすることが必要ではないだろうか。
終わりに
世界で最も高齢化が進む日本では、シニアが働き続けることが、日本の経済と社会保障を下支えしてきた。シニア自身も、就労収入を得ることで公的年金への依存度を下げることができ、仕事で頭や身体を使い続けたり、仕事仲間ができたりすることで、介護予防や孤立予防にもつながっているだろう。
しかし、統計を詳しく見てみると、「働くシニア」をけん引してきた60代前半男性の就業率上昇に陰りが見え始め、シニア全体の就業率と就業者数が「踊り場」に入ろうとしている状況が見えてきた。国の政策で70歳までの就業機会確保が企業の努力義務とされてからまだ日が浅く、今後も60代後半男性や70代男性の就業率は上昇の余地があるが、体調や体力の変化を考えれば、シニア労働をけん引するパワーは、60代前半男性のようにはいかないだろう。
そこで、シニアについても女性の力が期待される。働く意欲がありながら、家事・介護の負担や働き方の制約によって就業に至っていない女性を支援する余地は大きい。上述したように、企業には、シニアが働きやすい職場環境や、柔軟な働き方の整備といった取組が求められる。また政府には、就業調整を招く制度の見直しに加え、シニア世代にこそ根強い家事・介護の夫婦役割分担意識の見直しに関する啓発や、シニア期まで働き続けることを見据えた能力開発を後押しすることが求められるのではないだろうか。
(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子)