モルガン・スタンレーは2023年後半、生成AIを社員が日常的な顧客対応に活用できるよう導入した最初期の大手銀行の一つだった。社内向けチャットボットは、金融アドバイザーが社内の調査・分析や知見に素早くアクセスできるよう設計されていた。

そうした取り組みは、富裕層顧客から投資や税務など幅広い相談を受けた際、すぐに回答や提案を示せるようにすることを目的としていた。すべてのアドバイザーを社内で最も優秀な人材と同じ水準まで引き上げるためだ。

現在、同行や同業他社は次の段階に進もうとしている。銀行員が日々得る情報をAIに蓄積し、組織全体で活用する段階だ。これが実現すれば、金融業界の仕事に大きな影響が及ぶと筆者はみている。顧客と直接向き合う高度な職種でさえ、現在ほど知的創造性が求められない仕事へと変わる可能性がある。

高額な報酬も縮小していくだろう。金融業界では、AIは仕事を奪うのではなく、ボーナスを減らす存在なのかもしれない。

こうした変化は、優秀な人材や将来のリーダー候補がどうすれば頭角を現せるのか、さらには投資銀行が毎年恒例の採用と人員削減による人材の新陳代謝を続ける必要があるのか、といった問いも突き付けている。

大手投資銀行は以前から、人を通じて組織全体の知恵を結集しようとしてきた。経営戦略を見直すたびに部門間で顧客情報を共有し、顧客に対して総合的な金融サービスを提供することを目指してきた。

ゴールドマン・サックスのデービッド・ソロモン最高経営責任者(CEO)は2018年の就任後、この目的の実現のために「ワン・ゴールドマン・サックス」を打ち出した。同行経営陣は昨年、AIが業務全体の再設計に役立つと判断し、この取り組みを「ワン・ゴールドマン・サックス3.0」として再始動させた。モルガン・スタンレーも、顧客情報を一元的に活用する構想を掲げている。他の大手銀行も同様だ。

こうした取り組みに共通する大きな狙いは、モルガン・スタンレーが以前導入した資産運用部門向けAIツールと同様、すべての銀行員の能力を最も優秀な人材の水準まで引き上げることにある。複数の研究によると、この考え方には一定の効果があるという。

ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ(UCL)の応用経済学准教授、ゴロ・ヘンセケ氏によれば、金融業界に限らず、AIが仕事を補完して業務を支援した場合、生産性の向上が最も大きいのは経験の浅い人たちだ。生成AIは、同じ職種で働く人の間の生産性や成果のばらつきを小さくする傾向がある。

AIが雇用に与える影響としてこれまで注目されてきたのは、プレゼン資料の体裁を整えたり、リサーチやリポートのたたき台を作成したり、事務作業をこなしたりといった、単調で反復的な業務をAIが代替する力だった。一方、ここで焦点となるのは、企業内に蓄積された知見を体系的に集約し、組織全体で活用することだ。

それがどのようなものかイメージするには、一般的な営業職やアドバイザーの仕事を思い浮かべてほしい。社内の調査・分析や案件の動向を常に把握し、顧客の現状や今後の意向を聞き取る。そのうえで、顧客ごとに最適な提案を組み立てていく。優秀な営業担当者ほど、他の担当者よりも顧客に適した提案を数多く生み出すだろう。

しかし、そうしたリサーチや顧客情報をAIが日々の業務を通じて絶えず取り込めば、営業担当者の誰よりも速く情報を統合し、顧客ごとに最適な提案を導き出せるようになる。仕事の多くは、AIから「誰に連絡し、何を提案すべきか」と指示を受け、その通りに動くことへと変わるかもしれない。

これは、経営陣にとっては好都合だ。社員は顧客に適した商品やサービスの売り込みに、より多くの時間を割けるようになり、手数料収入も増えやすくなる。

しかし、銀行員にとっては、自ら提案を考える創造性が失われることで、仕事はより単調なものになりかねない。さらに、誰もが同じ知的資源を活用するようになれば、優秀な人材はどうやって頭角を現し、より高い報酬や昇進を勝ち取り、次世代のリーダーへと成長していくのだろうか。

前出のヘンセケ氏は「求められる能力は、AIでは補完しにくいものへと移るのかもしれない。例えば、人間関係の構築や人脈づくり、社内政治、人材マネジメントだ」と話す。

金融業界では、役職が高く、企業顧客やファンドマネジャーとの関係構築を担う人ほど、現在の仕事はAIの影響を受けにくい。一方、AI時代にも優位性を保てるのは、専門的な知識やスキルをより複雑に組み合わせる仕事に携わる銀行員だろう。例えば、通常の株式や債券の売買よりも、顧客に合わせたデリバティブ取引を組成する方が一般的に収益性は高い。

AIによって銀行員のスキルが底上げされ、均質化が進むとすれば、最後に残る疑問は、投資銀行がこれまでのような人材の新陳代謝を続ける必要があるのかという点だ。従来、投資銀行では毎年、収益部門の社員のうち成績下位約10%を入れ替える形で、若手人材を採用するのが通例だった。AIによって生産性のばらつきが小さくなれば、業績が振るわない社員は減り、新たな人材を採用する必要性も薄れるだろう。

多くの業界で若年層の採用が鈍っている背景の一つは、AIによって既存の社員の生産性がすでに向上していることなのかもしれない。

ヘンセケ氏ら研究者によると、例えば英国では、AIの影響を受けやすい職種ほど採用の減少幅が大きいことをデータが示している。ただ、その理由を断定するには時期尚早だという。「そうした傾向は確認できるが、何が背景にあるのかについては、なお慎重に見極める必要がある」と同氏は話す。

銀行員に限らず、ほぼすべての人にとって、AI時代を生き残るための基本戦略は、新しいツールを使いこなし、自分の仕事のうち他人には代替しにくい部分をできるだけ増やすことだ。それができなければ、仕事は以前ほど創造性のないものへと変わり、ボーナスも大幅に減ることを覚悟しなければならないだろう。

(ポール・デービス氏は、銀行と金融を担当するブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。ウォールストリート・ジャーナルとフィナンシャル・タイムズで記者経験があります。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:AI Won’t Cull Bankers, But It May Eat Bonuses: Paul J. Davies(抜粋)

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