田村氏の講演の「私」を数えることで見えてくる執行部のハト派姿勢
タカ派の田村日銀審議委員は6月25日の講演で、「私としては、基調的な物価上昇率は、既に2%の『物価安定の目標』と概ね整合的な水準に達したと判断しています」「2%の中立金利の水準に向けて、数か月に一度のペースで0.25%ずつ利上げしていくことを基本線としてイメージしています」(日銀資料)とし、追加的な利上げの必要性を主張した。明らかにタカ派的な主張である。
しかし、田村氏の講演で「私」という言葉が多用されていることが気になった。数えてみると、今回の講演では「私」という語が21回も使われていた。田村氏が個人的な意見であることを強調したかったのは明らかだろう(「私ども」といった使われ方もあるため、すべてが個人的な意見としての使われ方ではないが)。逆に言えば、執行部の考えは必ずしも同一ではない(相対的にハト派である可能性がある)と捉えることもできる。
気になったので、これまでの田村氏の講演で「私」という語の数を数えてみると、23年2月講演が7回、23年8月講演が7回、24年3月講演が8回、24年9月講演が6回という推移だったが、25年2月講演が19回と、急増した。その後は、25年6月講演が12回、25年10月講演が16回と、高水準の推移となった。さらに、26年2月講演で24回と、最多を更新し、今回の26年6月講演では21回と、過去2番目の多さとなった。
田村氏は、24年12月の決定会合で初めて現状維持に反対して利上げを主張した。そして、その後の25年2月講演で「私」が増加した。このあたりから、執行部とは意見が異なるという認識が強まり、意見の主語が「私」になっていったのだろう。そして、再び「私」が増加したのが26年2月講演である。この前後の会合では反対票は投じていなかったが、26年4月会合では現状維持に反対し、1%の利上げを主張した。「私」の数が、田村氏と執行部のスタンスの乖離を示す一つの指標だとすれば、時間を追うごとに両者の溝は深くなっていると言える。そして、26年6月の決定会合では、田村氏が4月に主張していた通り、利上げが決まった。今回は、田村氏の主張が通った後の講演だったが、「私」の数は20回を超えたままだった。依然として、田村氏と執行部の溝は深いのだろう。
今回の田村氏の講演は、確かにタカ派的だった。しかし、田村氏と執行部のスタンスには深い溝があるとすれば、日銀全体がタカ派化しているとは言えない。「私」を多用する田村氏は、執行部の意向とは別に、個人的な意見を述べている可能性が高い。それどころか、執行部がビハインドザカーブのリスクを取り過ぎているという危機感から田村氏がタカ派化している可能性もあるだろう。その場合、執行部は外から見ているよりもハト派的なのかもしれない。6月末に中川委員が退任し、後任にはハト派(リフレ派)とされる佐藤氏が就任する予定である。今後、執行部に反して利上げが実現する可能性は大きく低下すると考えられる。今回の田村氏の講演によって、執行部はハト派であり、日銀の利上げのハードルはかなり高いと、筆者は判断した。
≪田村氏が反対した過去の決定会合≫
・24年12月の決定会合、政策金利の維持(0.25%)の決定に対して反対し、0.5%への利上げを主張した
・25年6月の決定会合、長期国債の買い入れ減額計画について、26年4月以降に減額幅を縮小することに反対した
・25年9月および10月の決定会合、政策金利の維持(0.50%)の決定に対して反対し、0.75%への利上げを主張した
・26年4月の決定会合、政策金利の維持(0.75%)の決定に対して反対し、1.0%への利上げを主張した。
(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)