中国では、少子化が急速に進む中で、三人っ子政策への転換をはじめ、育児休暇制度の拡充、育児費用の所得税控除、育児手当の支給など、出生率回復に向けた施策を相次いで打ち出している。しかし、出生数は依然として低水準にとどまり、若年世代の出生意欲も大きく改善していない。

こうした背景の1つとして近年注目されているのが、「母親ペナルティ(母職懲罰/Motherhood Penalty)」と「父親プレミアム(父職溢価/Fatherhood Premium)」である。出産・育児が男女の就業や所得に与える影響を分析する研究は欧米を中心に蓄積されてきたが、中国でも二人っ子政策以降、関連する実証研究が急速に進展した。本稿では、近年の主要な研究成果と2026年の調査結果をもとに、中国における母親ペナルティと父親プレミアムの実態を整理し、少子化との関係について考察する。

母親ペナルティ、父親プレミアムとは

母親ペナルティとは、女性が出産・育児を契機に、就業機会や昇進、賃金などで不利益を受ける現象を指す。欧米では1990年代以降、多くの実証研究によって、女性は出産後に賃金が低下し、管理職への昇進機会も減少することが明らかにされてきた。その背景には、育児休業によるキャリアの中断や労働時間の短縮に加え、「母親は仕事へのコミットメントが低い」といった企業側の固定観念も存在すると考えられている。

一方、父親プレミアムとは、男性が父親になることで責任感や安定性が評価され、昇進や賃金面で有利になる現象である。欧米では両者が同時に確認されることが多いが、中国では近年、母親ペナルティは依然として顕著である一方、父親プレミアムは必ずしも明確ではないことが明らかになっている。

中国で母親ペナルティ・父親プレミアムといった概念が用いられるようになったのは2010年代後半以降である。2014年の「単独二孩政策」(夫婦のどちらか一方が一人っ子である場合に、2人目の子どもを持つことを認めた政策)、2016年の「全面二孩政策」(すべての夫婦に2人までの子どもの出産を認めた政策)を契機として、出産が女性のキャリア形成に与える影響への関心が高まり、母親ペナルティを実証的に分析する研究が相次いで発表された。

市場化とともに拡大した母親ペナルティ

(1)女性は出産によって賃金が低下

中国における母親ペナルティの研究では、申(2020)が代表的な研究として位置付けられる。同研究は、中国健康・栄養調査(CHNS)(1989~2015年)のパネルデータを用いて分析を行い、市場化の進展とともに母親ペナルティが拡大したことを明らかにした。申は、経済の市場化が女性の就業機会を拡大させた一方で、育児や家事の負担は依然として家庭内で女性が担っており、その負担が労働市場での不利益として表れていると指摘している。また、同研究は、出産は女性の賃金を押し下げるだけでなく、その影響は経済の市場化が進むにつれて拡大していることを示している。特に民間企業では成果主義が浸透したことから、出産・育児によるキャリア中断が評価に反映されやすくなり、母親ペナルティは国有企業よりも大きいとした。また、高学歴女性は母親ペナルティの影響が相対的に小さいものの、その差も徐々に縮小し、学歴を問わず出産による不利益が広がっていることが示された。

なお、許(2021)も中国健康・栄養調査(CHNS)(1989~2015年)を用いて、子どもを1人出産するごとに、女性の年間の賃金収入や時給が低下することを明らかにしている。その要因として、
1)出産による就業中断、実務経験の減少、
2)育児負担による労働生産性の低下、
3)育児と両立しやすい柔軟な働き方の就業選択、
4)子どもを持つ女性に対する雇用主の統計的差別(固定観念に基づく評価)
の4点を指摘している。

また、近年では父親プレミアムは必ずしも明確に確認されなくなる一方で、母親ペナルティによる賃金低下の影響は拡大しており、これが男女間の所得格差を拡大させる主要因であると結論付けている。許は、こうした経済的不利益が中国の少子化を加速させていると指摘し、働く女性を保護する政策の重要性を説いている。

(2)出産後の女性の就業率の低下、労働時間の減少

王・石(2021)は、中国家庭追跡調査 (CFPS)の2010~2018年にわたる追跡データを用いて、出産後の就業状況を分析している。それによると、女性は第1子、第2子と出産するごとに就業率が低下する一方、男性は、妻の出産が就業率を大きく変動させる要因にはならないとした。

また、労働時間の減少について、楊・何(2022)は、第一子の誕生により、女性(母親)の就業状況および月間労働時間が急激かつ大幅に減少することを明らかにした。この影響は、子どもが誕生してから3歳まで持続する。ただし、子どもが4歳となれば女性(母親)の就業率は出産前の水準に回復するとした。つまり、子どもが生まれたことによる仕事への影響(働く割合や働く時間)は、母親には一時的に大きく現れるが、父親には最初から最後までほぼ現れないことを示している。

(3)父親プレミアムの検証と祖父母による育児支援

父親プレミアムの先行研究について、劉(2024)は、2014年と2016年の二人っ子政策の実施を自然実験として利用し、母親ペナルティと父親プレミアムを同時に分析している。

分析の結果、女性では就業率の低下、所得の減少、昇進機会の縮小など明確な母親ペナルティが確認されたが、男性については欧米で見られるような父親プレミアムは統計的に確認されないとした。

この結果は、中国では欧米で確認されてきたような父親プレミアムが必ずしも成立していないことを示唆している。成果主義の浸透や経済成長の鈍化を背景に、父親であること自体が賃金や昇進上の優位性につながりにくくなった可能性がある。一方で、出産・育児に伴うキャリア上の不利益は依然として女性に集中しており、男女間の格差構造は解消されていない。

また、同研究では、祖父母による育児支援は女性の就業継続や所得維持に一定の効果をもたらしており、中国特有の三世代同居や祖父母による孫育てが保育サービスを補完する重要な役割を果たしていることも示された。

2026年の調査が示す働くママの現実

上掲のように、中国の学術研究では、母親ペナルティの存在が実証されている。これに対し、2026年に智聯招聘が実施した「2026年働くママ生活・発展現状調査報告」(以下、「調査」とする)は、その実態を現場レベルで裏付けており、中国社会が直面する課題を浮き彫りにしている。調査は基本的に働くママ(現在働いていて出産経験のある女性)と働くパパ(現在働いていて子どもがいる男性)に分けて回答を分析している。

(1)キャリア形成に立ちはだかる「母親ペナルティ」

調査によると、「今後の昇進の見込み」について、ほぼ8割の働くママが昇進の見込みがないと回答しており(「昇進の見込みはほぼない」(61.5%)、「可能性はとても低い」(21.6%))、家庭や結婚・出産がキャリア形成の大きな障害となっていることが分かった。その理由として、「昇給、昇格の機会が限定的」が最も多かったが、働くママは、働くパパより「家事で仕事へ十分な時間やエネルギーを割けない」点をより強く感じていることが分かる。

また、育児や家事の負担は依然として女性に偏っている。働くパパは「時間があれば家事や子どもの世話をする」と感じる働くママは39.9%と最も多い。「父親は家事・育児に参加していない」と感じる働くママは23.6%となっており、働くパパより15.9ポイント高く、その認識の差は大きい。

調査における家事・育児時間をみると、1~2時間未満の家事・育児の場合は働くパパの方が働くママより多いが、2時間以上の長時間にわたる家事・育児となると、働くママの方が多く(合計32.3%)、実態としても女性への負担は重い。

さらに、約半数の働くママが「自分が子育ての第一責任者になっている」と回答しており、こうした家庭内での負担は、残業や出張、自己啓発などキャリア形成に必要な機会を制約し、母親ペナルティへの認識を一層強める要因となっている。

(2)父親プレミアムをめぐる認識とジェンダーギャップ

父親プレミアムについて、智聯招聘の調査では、働くママと働くパパそれぞれの認識は大きく異なっている。「父親プレミアムはあるか」について、働くママの回答として最も多かったのは、「父親プレミアムはある。子育ては母親の責任という認識があり、父親は手伝うだけでよい」(45.8%)であった。働くパパとして回答が最も多かったのは、「父親プレミアムはない。男性は一家の生活を経済的に支えなければならず、育児と仕事の二重のストレスがある」(31.9%)であった。

この認識の違いは、中国において父親プレミアムが変容しつつあることを示唆している。従来は、「父親=一家の大黒柱」というイメージが昇進や賃金面で有利に働くと考えられてきたが、近年では男性にも育児参加がより求められるようになり、仕事と家庭の双方で役割を果たすことへの負担が増大している。その結果、男性自身は父親であることによる利益よりも負担を強く認識するようになり、父親プレミアムを実感しにくくなっている。一方、女性は依然として育児負担が母親に偏っていると受け止めている。この認識の違いは、家庭内では育児負担の偏りが十分に解消されていない一方で、職場では男性にも育児参加がより求められるようになったという社会の変化を反映していると考えられる。

(3)出生意欲への影響

母親ペナルティは女性個人のキャリアだけでなく、出生意欲にも影響を及ぼしている。調査では、53.4%の働くママが「子どもは1人で十分」と考えており、2人目を希望する割合は働くパパを大きく下回った。また、若年層ほど出生意欲は低下しており、2000年以降に生まれた働く女性の47.0%、1995年~1999年生まれの働く女性の33.9%が「子どもを出産・育てる予定はない」と回答している。

その理由としては、「経済的負担」、「生活の質の低下」、「キャリアへの影響」などが上位を占めている。この結果からは、出生意欲の低下には経済的負担だけでなく、出産後のキャリア形成への不安も大きく影響していることがうかがえる。

一方、企業での取り組みはどうであろうか。調査によれば、企業による従業員向け育児支援制度について、「育児支援制度そのものを設けていない」と回答した企業は全体の41.5%となった。導入されている制度では、「フレックスタイム制度」(29.1%)、「出産医療費補助」(23.7%)の導入割合が比較的高いものの、いずれも3割に満たず、制度の普及は限定的である。また、「出産後のキャリア形成・復職支援制度」を整備している企業も21.6%にとどまっている。これらの結果は、出産・育児期にある女性の就業継続やキャリア形成を支援する職場環境が依然として十分に整備されておらず、企業による育児支援制度の一層の充実が求められることを示唆している。

おわりに

近年では、短時間勤務や軽作業を中心とした「ママ向け求人(媽媽崗)」の導入が進んでおり、働く母親からも一定の評価を得ている。こうした取り組みは、仕事と家庭の両立を支援する柔軟な就業形態として期待される一方で、女性を特定の就業形態へ固定化し、職域やキャリア形成の選択肢を狭める可能性も指摘されている。そのため、制度のさらなる普及に当たっては、女性のキャリア形成や雇用機会への影響も踏まえた慎重な対応が求められる。

また、祖父母による育児支援(孫育て)は、女性の就業継続や賃金水準の維持に一定の効果をもたらしており、中国に特徴的な三世代同居や祖父母による育児が、公的保育サービスを補完する重要な役割を担ってきた。しかし、定年延長の進展や出産年齢の上昇に伴う祖父母世代の高齢化により、従来のような育児支援を継続的に期待することは今後ますます困難になると考えられる。

以上の分析から、中国の少子化対策は、現行の出生支援策の拡充のみでは限界があることが示されている。企業における柔軟な働き方や育児支援制度の整備、保育サービスの充実に加え、男性の育児参加を促進することにより、女性が出産後も継続的に就業し、キャリアを形成できる環境を構築することが不可欠である。母親ペナルティの軽減は、女性の就業継続とキャリア形成を支えるだけでなく、労働力不足への対応や出生率の回復にもつながる重要な政策課題である。今後は、企業・政府・家庭がそれぞれの役割を果たし、家事・育児負担を女性に偏らせない社会環境を整備できるかが、中国の少子化対策の実効性を左右する重要な鍵となろう。

(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき)