予測市場を変えつつある3つの潮流
(1) 投機的ギャンブルから「取引量を伴う情報市場」へ
足元で最も顕著な動きは、予測市場がニッチな領域を脱し、大きな取引量を伴う「情報市場」へとスケールしている点である。Pew Research Centerのレポートによれば、KalshiやPolymarketといった主要な予測市場における世界の月間取引高は、2025年9月時点の50億ドル未満から、2026年4月には約240億ドルへと急増した。資料1(画像1枚目)は、その取引高の推移を明確に示している。スポーツ、暗号資産、そして政治イベントなど多様なテーマが取引の対象となっており、現実世界のイベントに対する人々の予測が、実際の資金を伴う形で集約されている。

こうした取引高の急増は、予測市場が規制当局にとって無視しがたい市場領域になりつつあることを示している。CFTCも、登録事業者が上場するイベント契約の数と種類が増加していることを踏まえ、2026年6月にイベント契約に関する規則案についてパブリックコメントを求める通知を公表した。市場規模の拡大と契約類型の多様化を背景に、予測市場は社会的な認知と影響力を高めつつある。
(2) 政策・地政学リスクを数値化する「市場の期待値」
市場規模の拡大に伴い、そこで形成される価格の「データとしての有用性」も実証されつつある。これまで、法案の成立確率や選挙の勝敗といった定性的なイベントは、世論調査や専門家の見解に頼る部分が大きく、金融市場の期待値を正確に測ることは困難であった。しかし現在、予測市場の価格は、リアルタイムで変動する「未来の確率」としてプロの分析にも組み込まれ始めている。IMFが2026年3月に発表したワーキングペーパー「Stablecoins and the Future of Payments」では、米国のステーブルコイン法案(GENIUS Act)の議会通過が既存の決済企業の株価に与える影響を分析する際、Polymarketのデータが活用された。資料2(画像2枚目)は、「2025年に米国でステーブルコイン法案が成立するか」という予測市場の確率と、ETH・SOL価格のイベント前後の動きを示している。IMF論文では、この予測市場に織り込まれた成立確率を、市場参加者の期待値を測るプロキシとして用い、GENIUS Actの成立が既存決済企業の株価に与えた影響を推計している。予測市場は、金融機関や研究機関にとって、未来の不確実性を価格として読み解くための重要なデータソースとなりつつある。

(3) AIの自律的な意思決定を測る「評価環境」としての機能
さらに、テクノロジーの観点から見逃せないのが、予測市場がAIモデルの推論能力や意思決定能力を測る、新たなベンチマーク(評価環境)として機能し始めている点である。AI技術の進化に伴い、AIが自律的に情報を収集し、未来を予測して行動する能力が問われるようになっている。Zhang et al.(2026年3月)の論文「Prediction Arena: Benchmarking AI Models on Real-World Prediction Markets」では、複数の最先端LLM(大規模言語モデル)に自己資金を与え、実際の予測市場データを用いて自律的に取引させる実験が行われた。従来の静的なデータセットを用いたテストとは異なり、予測市場では「未知の未来」に対する予測精度だけでなく、リスク管理、資金配分、そして市場の歪みを見抜く実戦的な能力が問われる。
資料3(画像3枚目)は、Polymarketにおける次世代AIモデルのペーパートレードの収益率を示している。結果として、モデル間で明確なパフォーマンスの差が確認された。例えば、特定のモデル(ジェミニ 3.1 プロ)はPolymarketのオープンな市場探索環境において最も高いリターン(+6.02%)を達成した一方、他のモデルはマイナスや微増にとどまった。なお、実資金で通期運用した主力モデル群はおおむね損失を計上しており、この+6.02%も3日間・仮想資金による暫定値である点には留意を要する。これは、予測市場がAIの「真の知能」を評価する実環境に近い競争の場として機能することを示している。AIが予測市場のデータを読み解くだけでなく、AI自身が市場参加者として価格形成に関与する時代において、予測市場はAIと金融市場が交差する最前線となっている。
