スターマー英首相が与党労働党の党首を辞任する意向を表明したことで、マンチェスターの前市長、アンディ・バーナム議員が次期首相に就任する道が開かれた。

バーナム氏は市場が理想とする政治家ではないかもしれない。英国債投資家の間には、2022年に財源の裏付けのない大型減税案を発表し、財政不安と市場危機を招いたトラス保守党政権の記憶が今も根強く残る。借り入れコスト(インフレ調整後)の最近の上昇は、そうした忘れ難いトラス危機の名残である側面が大きい。

バーナム氏は昨年ニュー・ステーツマン誌に対し、「債券市場に従属するような状態から脱する必要がある」との考えを示し、トレーダーの反感を買った。その後は教訓を学び、市場の支持なくして英国を統治できないと分かったようだ。既存の財政ルールの順守を同氏は約束した。

良くも悪くも「まず実績を見せてくれ」というのが、投資家の言い分だ。本稿の執筆時点で、英10年国債の実質利回りは1.67%前後と、年初来の高水準をうかがい、ポンド相場は年初来安値をわずかに上回る水準で推移している。

これは、公的債務が国内総生産(GDP)の規模を超える瀬戸際にある他の先進国市場への警告だ。4年前のトラス政権の混乱を受け、市場は常に最悪の事態、すなわちデフォルト(債務不履行)を前提に英国にアプローチすると決めた。デフォルト懸念は金利上昇を招き、英国の納税者に負担を強いている。

「途方もない特権」を有する米国でさえ、財政への信頼回復を目指す英国の闘いから学ぶべき点があろう。ひとたび市場の信頼を失えば、取り戻すことは極めて難しく、ささいな理由で投資家はパニックに陥る。

パシフィック・インベストメント・マネジメント(PIMCO)のエコノミスト兼債券ファンドマネジャー、ペダー・ベックフリス氏は今月、「赤字が高水準にある限り、政治は市場の変動の震源であり続けるかもしれない。政策担当者はその制約を理解していると思う」と同社のロンドンオフィスから筆者に語った。

バーナム氏の言葉をそのまま信じれば、英国の脆弱(ぜいじゃく)な財政状況を著しく悪化させる人物とは思えない。スターマー政権は2029-30会計年度までに歳出と税収を均衡させ、公的部門の純金融債務残高(PSNFL)のGDP比率押し下げを求める財政ルール見直しを行った。PSNFLとは、非流動性の金融資産・負債も含めバランスシートを評価する指標だ。バーナム氏の広報担当は、同氏がルールを順守するとブルームバーグに先月述べた。

労働党のいわゆる「穏健左派」に属するバーナム氏が、ニュー・ステーツマン誌に掲載された発言への反発を踏まえ、方向転換を迫られたとも言えそうだが、因果関係はさほど重要ではない。自身の統治能力を制御不能な債券市場に脅かされる危険を今は理解したようだ。

人気のあるバーナム氏は、はるかに大きな財政・政治リスクを市場にもたらす右派ポピュリスト政党「リフォームUK」と緑の党(左派)に対し、一定の防波堤になり得る。29年8月までに総選挙の実施が予定され、その時点のバーナム氏の支持率がどの程度か予測はつかないが、スターマー氏より悪くなるとは想像し難い。

皮肉なことだが、バーナム氏とトラス氏とでは、まるで異なる。トラス氏は大型減税を掲げ保守党政権を率いたが、首相としての在任期間はわずか49日と英史上最短だった。英債券市場は減税を掲げる政治家と「ばらまき」を行う政治家を同一視し始めた。バーナム氏は、借り入れコストが高く変動も激しい制約の下で、国家の財政運営を担う資格があることを証明しなければならない。

日本や欧州への警告

日本や欧州の他の高債務国もこうした状況に注意を払うべきだ。公的債務のGDP比率が持続的に高い状態になれば、たった1回の失策で、市場の信頼を数年にわたり、あるいはさらに長い期間失うことになる。

国際準備通貨の発行というとてつもない特権を持つ米国の状況は特別だ。しかしそれは、財政規律の媒介として市場が機能していないことを意味し、米国にとってマイナスに働く。英国では市場が役割を果たし始めている。米国が安全装置の一部を失えば、引き起こされる混乱は一層ひどいものになりかねない。

英国では、バーナム氏による財務相の人選に市場の関心が向かいそうだ。穏健左派の盟友で、スターマー政権でエネルギー安全保障・ネットゼロ相を務めるエド・ミリバンド氏のような人物が起用されれば、英国債利回りを押し上げる恐れがある。

だがバーナム氏が市場に配慮した人事を行い、トラス危機や自らの発言が波紋を呼んだ経緯から教訓を得たと分かる可能性もある。他の国・地域もすぐに身をもって知ることになるだろうが、債券市場の信頼をいったん失えば、日々の国家運営ははるかに難しくなるからだ。

(ジョナサン・レヴィーン氏は、米市場・経済を担当するブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。CFA資格の保持者で、ブルームバーグの記者として米国とブラジル、メキシコで勤務した経験があります。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:Bond Market’s Skepticism of Burnham Is a Warning: Jonathan Levin(抜粋)

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