「価格転嫁のスピード」への言及は市場動向を懸念していることの証左

6月24日に公表された日銀の「主な意見」(6月15、16日開催分)の中に、「足もとの消費者物価の前年比は、2%を下回る水準となっているものの、企業間取引におけるやや速いスピードでの価格転嫁が、消費者段階における幅広い品目の価格上昇に波及していく可能性があることに加え、予想物価上昇率の上昇を踏まえると、基調的な物価上昇率が2%を超えて上振れていくリスクがある」という意見があった。このところ日銀は企業の価格転嫁が進みやすいと指摘しており、これが利上げを正当化する要因になっているようである。

もっとも、価格転嫁のスピードが速くても、価格転嫁率(パススルー)が変わっていないのであれば、大きな問題ではないだろう。例えば、1年かけて価格転嫁されるところが、半年で価格転嫁される場合、最初の半年はインフレが加速しているように見えるが、後半の半年はインフレが伸び悩むことになる。長期のデフレを経験した日本はインフレの状態を経験することでインフレ予想を高めていく可能性が高い(適合的な期待形成メカニズム)ということであれば、価格転嫁が緩やかで長期化する方がインフレ予想は引き上がり、ひいては基調的なインフレ率も高まっていく可能性がある。消費税率を引き上げる際に、「毎年1%ずつ引き上げることでインフレが定着する」といったアイデアが議論されたこともある。

価格転嫁のスピードが問題になるとすれば、短期的なインフレ加速によって実質金利が低下し、日銀がビハインドザカーブに陥っていると判断されることだろう。すなわち、ビハインドザカーブのリスクの高まりによって円安が進むことが問題だという議論に帰着する。「価格転嫁のスピード」という議論によって日本経済の構造変化といった経済ファンダメンタルズの議論をしているようにみせて、結局はビハインドザカーブのリスクと円安を回避したいだけということはないだろうか。「基調的なインフレ率」という考え方についても、市場の動きに振り回されているとみられたくないというエクスキューズ的な存在以上でも以下でもないのだろう。引き続き、日銀の政策判断は為替、原油、株式、債券といった市場変動に振らされる展開になる可能性が高い。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)