職場で打ちのめされている会社員にとって、解放の日は近いかもしれない。少なくとも、上司はこれまで以上に礼儀正しくなりそうだ。

人工知能(AI)を活用して職場でのいじめを検知するソフトウエアの利用が広がっている。その一例が、バンク・オブ・ニューヨーク・メロン(BNYメロン)やモルガン・スタンレーなどの金融機関にサービスを提供するスマーシュだ。

同社はウェブサイトで、雇用主がいじめやハラスメント(嫌がらせ)を発見できるよう「隠れた意図を明らかにする」とし、それが微妙な形で表れている場合でも検知できると説明している。

同様のソフトを提供しているグローバル・リレー・コミュニケーションズは、自社のシステムによって「不適切な行為を即座に発見・報告できる」と主張。有害な企業文化が広がる前に、その発生源を特定できるとうたっている。

理論上、こうしたソフトは誰による不適切な行為でも検知できる。しかし、違反者が管理職である場合、その意義は特に大きい。管理職は業務を割り当て、昇進を阻み、部下の日常を耐え難いものにし得る権限を持っている。

従業員監視ソフトは数十年前からあるが、大規模言語モデル(LLM)の登場が大きな転換点となった。従来の監視ソフトは、主に特定のキーワード(例えばひわいな言葉や侮辱的表現)や初歩的な自然言語処理テクノロジーを用いて、攻撃的な発言や行動を検出していた。

だが、より高度なAIシステムによって、雇用主は数千件に及ぶ会話の中から文脈や口調、繰り返されるパターンを踏まえ、問題が表面化する前に問題のある管理職を特定できるようになっている。

グローバル・リレーのコンプライアンス(法令順守)監督担当バイスプレジデント、ドナルド・マケリゴット氏は、「見下すような言動について、私たちはこれまでキーワードのリストを持っていなかった。そんなものをどう定義すればいいのか。そうした行為を見つけるには行間を読む必要があるようなもので、今ではそれが可能になった」と述べた。

グローバル・リレーがこの機能を投入したのは1年余り前で、現在は顧客の数十社が試験運用を行っている。このテクノロジーを積極的に導入している企業もある。

世界的インフラサービス企業AECOMの最高倫理・コンプライアンス責任者を経て、今はコンサルタントをしているスーザン・フランク・ダイバーズ氏によれば、西海岸のある企業は「研修を期限内に完了しない」「パスワードを定期的に変更しない」といった小さな職場規則違反も含め、利用可能なあらゆる指標を分析し、従業員向けの社会信用スコアのようなものを構築しているという。

同氏はこの企業の社名を、取り組みがまだ公表されていないことを理由に明らかにしていない。パターンが浮上した場合には従業員の意識調査を実施し、問題の有無を確認した上で必要に応じて介入できるとしている。

ダイバーズ氏は、「倫理・コンプライアンス分野における長年にわたる究極の目標は、非倫理的な行動を予測する要因を見つけ出すことだった。組織のカルチャーや、横暴な管理職を容認しているかどうかについては多くの研究や議論がある」と指摘した。

こうしたテクノロジーは、最高経営責任者(CEO)や人事担当者、労働法専門の弁護士の間でようやく浸透し始めている段階だ。

コンプライアンス関連スタートアップEthenaの共同創業者でCEOを務めるロクサーヌ・ブラス・ペトレイアス氏は、企業弁護士に対し、いじめやハラスメントの兆候を検知するためにAIを用いて業務上のやり取りを監視しているか尋ねると、多くは驚いた反応を示すと明らかにした。 弁護士らが、そうした活用法自体を考えたことがなかったためだという。

経営側の苦悩 

企業向け監視ソフトウェアの最初のブームは1990年代後半に始まった。ウォール街の規制当局が、不正行為が発生した場合に備えて、企業に蓄積する大量の電子メールの保存を義務付けたためだ。

その後、この分野は金融コンプライアンスの枠を超え、差別やセクシュアルハラスメント、いじめの調査を支援する用途へと拡大した。さらに、新型コロナウイルス禍でホワイトカラー業務のオンライン化が進み、需要は一段と高まった。

従業員監視ソフトを提供する企業は新規顧客の獲得を目指しているが、このテクノロジーが最も広く利用されているのは依然として金融業界や、社内コミュニケーションの監視が法的に義務付けられているその他の業界だ。

ただ、そうした業界でも企業は新たな選択肢を模索している。ある大手プライベートエクイティー(PE、未公開株)投資会社は、金融コンプライアンス向け製品よりも、いじめや差別、ハラスメントを検出するヒューマンリソース(HR)監視ソフトに強い関心を示し、マケリゴット氏を驚かせた。

同氏によると、グローバル・リレーはそのPE企業向けにHRツールの試験運用を行い、その結果、顧客企業が調査を余儀なくされた2件の事案が検出された。

会社と顧客との間には厳格な情報遮断措置が設けられているため、実際に何が起きたのかは分からなかったというマケリゴット氏だが、「本当に知りたい」と打ち明けた。

グローバル・リレーは、企業が検知設定の感度を調整できるようにするアップデートを年内に公開する予定だ。

マケリゴット氏が製品のデモ用パワーポイントを共有している様子

雇用主はこれまで以上にAIを活用して不適切な行動に対処できるようになっているが、導入ペースは速くない。

ベテランの雇用法弁護士トレーシー・ビローズ氏によると、多くの企業はいまだに悪質な管理職を見極める方法を大きく見直していない。ただ、同氏は今後数年で職場における不正行為防止の取り組みにおいて、AIがより中心的な役割を担うようになると予想している。

AIは「組織が不正行為をより速やかに、そして願わくはより効果的に調査し対応することを支援する」という。

コストも大きな懸念材料だ。スマーシュの最大顧客は同社プラットフォーム上で1日当たり3000万-4000万件のメッセージを処理しており、それらをLLMに大きく依存するシステムで分析するには多額の費用がかかる。

金融サービス企業向けにコンサルティングを行うコンプライアンス専門家のエミリー・ライト氏によれば、価格は監視対象となる通信量や監視するリスクの数によって大きく異なる。ただ一般的には、システムが検出する問題が多いほど、それを確認する担当者の配置により企業の負担も増える公算が大きい。

プライバシーの問題もある。スマーシュで規制対応および情報ガバナンス担当バイスプレジデントを務めるロバート・クルーズ氏は、「監視という言葉を使ったり、従業員のモニタリングについて言及したりすると」警戒感が高まると話した。

企業は矛盾した立場に置かれる。問題のある上司を発見できるツールは、多くの従業員が過剰だと感じるレベルの監視を前提としているからだ。

事業上の優先事項とプライバシー上の懸念との間で「どこに線を引くか」を決めるためには、各組織がおのおの「泥仕合」に取り組まなければならないとクルーズ氏は語った。

企業は「必ずしも問題を探し回りたいわけではない」と弁護士のビローズ氏は説明し、「私はクライアントにこう言うようにしている。『通り抜ける覚悟がない扉は開けるな』と。扉を開ければ、それに対応するために必要な措置を講じる準備が求められる。そこに多少のためらいが生じるのだと思う」との考えを示した。

(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)

原題:AI Promises to Sniff Out Bad Bosses Before It Gets Too Toxic(抜粋)

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