国内のサプライチェーン問題
ここまでは、全体の供給量が政府の代替輸入によって、何とか総量を確保できそうだという図式を説明してきた。しかし、それでも国内でナフサ由来の石油製品には不足感がつきまとうことを、三段階目の図式としてみていきたい。
石油製品は、原油からナフサ=粗製ガソリンが作られて、エチレンなどの誘導品になって、さらに多種多様な製品へと分化していく。筆者も、昔は化学メーカーの担当者として、一生懸命に誘導品の名前を覚えた記憶がある。こうした素原材料から中間財、最終財へとサプライチェーンを降りていくとき、最終財に近づくほどに市場規模は小さくなる。そこで、事業者が買い手として、「前年よりも多く買っておこう」と考えると、需給が逼迫しがちになる。すると、ほかの事業者でも、「将来、足らなくなるから前年よりも購入量を増やそう」という不安の連鎖が起こる。すると、市場全体では、石油製品の末端部分で「あれもこれも足らない」という話になる。川上の素原材料の市場ではこうした逼迫は相対的に起こりにくいが、川下に行くほどに誰かが多めに購入する効果が不具合を生じさせやすい。当然、政府の監視の目も、小さな市場には向きにくい。石油由来の製品市場が多種多様で、末端にいくほどに市場が小さくなるので、こうした需給逼迫を防止しにくくなる。
だから、いくら大本のナフサが足りていると政府が言っても、現場では不足が起こり続けるのだ。これは、私たちが1990年代後半から2000年代初頭に経験した金融不安と酷似した図式である。政府・日銀がいくら資金供給を行っても、末端の銀行店舗では預金の引き出しが続いて、インターバンクでの資金不足はなくならない。市場全体でこうしたマネー偏在が起こるのは、市場の各所でパニックが起こっているからなのだ。
解決法をどうするか?
ナフサ不足問題が究極的に、トランプ大統領の停戦の判断に委ねられていることは厳然たる事実だが、政府が可能な範囲で努力できる余地は、いくらかあると筆者は考える。
特に、ナフサ問題が一種の金融パニックに似ていると理解すると、いくらか解決法、改善策に近づくことができる。パニックに陥っている事業者は、いずれ石油製品の原料が入手できなくなると疑心暗鬼に陥っているから、原料調達をできるだけ増やそうとする。これは、「いずれ石油製品が入手できない」と思っている心理を落ち着かせることで、無用の原料調達の増加を抑制できる。おそらく、原材料やプラスチックなどの中間財市場では、業界団体やそれに絡んだメーカーが2026年後半の製品供給を木目細かく予想として示すことができるはずだ。大本のナフサのところだけではなく、もっと川中の誘導品のところでの供給量の「見える化」である。原材料のナフサが足りているというアナウンスから、エチレン製品(例えば、エチレンオキサイド、エチレングリコール)、合成ゴム原料、塗料原料、合成洗剤原料などの各市場での情報開示を行って、サプライチェーンの供給量は末端近くまで行き渡っていることを示すことが一案になる。
さらに言えば、ガソリンなどの燃料に回っている原油をもっとナフサに回した方がよい。アジアには、自家用車の使用を控えて、公共交通機関に切り替えることを呼びかけたり、夜間電力などの節約を求めるところもある。日本では、特にガソリンの使用量を抑えることもせず、ガソリン消費をそのまま促進するような価格維持政策をしており、そこにはちぐはぐ感がある。もしも、イラン攻撃後の原油使用量が1日当たりで減っていけば、備蓄日数も計算上増えていくだろう。政府が節約を呼びかけない姿勢は、筆者としては少し疑問がある。電気代支援は仕方がないとしても、ガソリン補助を大規模に継続することは、「ナフサは足りている」という政府のアナウンスの信認を低下させていると考えられる。
(※情報提供、記事執筆:第一ライフ資産運用経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生)