日銀は6月利上げへ~高市政権で利上げペース加速という皮肉
植田日銀総裁は6月3日、講演で「仮に不透明な状況が続くとしても、先行き、経済の下振れリスクに比べて、物価の上振れリスクが高まると判断される場合には、それが経済や金融市場に悪影響を及ぼすことを防ぎ、2%の『物価安定の目標』を持続的・安定的に実現していく観点から、利上げの是非についてしっかりと議論する必要があると考えています」(日銀資料)と述べた。「利上げの是非」という言い回しは、前回の25年12月利上げの前にも用いており、6月15-16日の利上げを示唆するものだと考えられる。筆者は高市政権の各種政策判断(補正予算の策定など)がビハインドザカーブに陥っていることから、6月利上げもギリギリのところでスキップされると予想してきたが、この予想は外れる可能性が高い。
もっとも、植田総裁は「利上げの是非」の発言の前に、「基調的な物価上昇率が2%に向けて徐々に上昇していくという中心的な見通しが実現する確度が高まっていくと判断できれば、これまでと同様、適切なペースで政策金利を引き上げていくことになると考えています」と述べた。今回の「利上げの判断の是非」は原油高によるイレギュラーな対応という位置づけなのだろう。今後の利上げペースが加速していくような、金融政策の基本的な考え方が変化した印象はない。原油価格や為替の動向によっては再びイレギュラーな対応による利上げが実施される可能性は否定できないものの、6月利上げに動いた場合、当面は利上げが実施されないだろうと、筆者は予想している(年後半の利上げはなし)。
今回、日銀が利上げに向かって動いている背景を考えると、重要なのは日銀の考え方ではなく、高市政権が置かれている状況だろう。日銀はもともと利上げを実施していきたい立場だった可能性が高い。他方、高市政権は引き続き、可能であれば利上げは最小限にしていきたい立場だと考えられる一方、金利上昇のリスクを低減させる必要性が高まったと判断したのだと、筆者はみている。
5月21日、麻生副総裁が主導して高市政権の施策を推進する「国力研究会」が発足した。自民党の多くの議員が参加し、高市氏は財務省の考えに近いとされる麻生氏の意向を重視せざるを得なくなった可能性が高い。そのことを前提に考えると、高市政権としても金利上昇リスクを最小化させる選択肢を取らざるを得ないと言える。むろん、利上げはイールドカーブ全体を引き上げることにつながるため、必ずしも財務省にとって望ましいことではない。しかし、円安によるインフレ圧力や財政リスクが高まる状況では、日銀が独立した立場から利上げをすることが、不確実性の低下にともなうリスクプレミアム縮小を通じて長期金利を低下させる可能性が高まる。
高市氏が金利上昇の「リスク」に配慮せざるを得なかった背景については、消費税率引き下げの議論が財政リスク(および財政リスクに付随した円安リスク)を高める懸念があるからだろう。食料品の消費税率の引き下げ議論については、①自民党の公約通りの0%への引き下げ、②1%への引き下げ、③引き下げ回避の3つの選択肢があったとみられる。麻生氏や財務省は消費税率の引き下げには反対の立場である公算だが、①0%への引き下げを主張する高市氏の意向を完全に無視することはできず、②1%への引き下げが落としどころになるのだろう。
財務省は①0%への引き下げは回避したと言えるが、減税幅としては②1%への引き下げもかなり大きい。③引き下げ回避を予想していた向きも少なくなかった(筆者を含む)と考えると、財政リスクが高まる恐れがある。そのため、せめて日銀の利上げによって財政リスクや円安・インフレのリスクを低減させようという話になったのだろう。日銀は高市氏に、長期国債の買い入れペースを調整することによって長期金利を低下させることで、政権の意向をサポートする方針を示した可能性が高い。そして、バランスシート政策の緩和方向の動きは円安リスクを高めるリスクがあるため、利上げとのセットが望ましいというロジックで、利上げの許可を得たのではないだろうか。
やや俯瞰的に現状をとらえると、結局は財政リスクや円安やインフレのリスクが(おそらく高市氏が避けたいとみられる)、日銀の利上げを促していると言える。仮に2月の衆院選挙で高市氏が消費税率の引き下げを主張せず、円安でホクホクとも言わず、日銀が高市政権のプレッシャーを受けているという見方が世の中には存在しなかった場合、6月利上げに動く必要はあっただろうか。むろん、自然体でも中立金利に向けた利上げは実施されていた可能性が高い。しかし、中立金利に向けた利上げであれば、利上げのインターバルは徐々に長期化していくと考えるのが自然である(過去の利上げによって緩和効果が弱まるため)。イラン情勢の悪化と原油高という外的要因はあったものの、高市政権発足後に利上げのペースが加速しそうだということは、利上げに慎重な高市氏やリフレ派にとっては皮肉なことであるように思われる。
植田総裁の講演の直後、160円前後の推移が続いていたドル円は40銭程度下落した(円高が進んだ)。しかし、(米金利上昇によるドル高圧力もあったが)再びドル円は160円前後に戻った。筆者と同様に、日銀は必ずしもタカ派的ではなく、今後もビハインドザカーブによる利上げが続くという見方が少なくないのだろう。植田総裁は「必要な対応が遅れ、あとで却って大幅な利上げを余儀なくされるような状況になれば、景気のみならず、金融市場や金融システムに大きな負荷をかける恐れもあります」(同)と述べた。このリスクが払しょくされる可能性は低い。原油価格や為替変動は外的要因によるところが大きいため、イラン情勢やFRBの動向を見定める必要があるものの、市場が利上げに圧力をかける催促相場が続く可能性も考える必要がある。
(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)