厳しい外部環境のわりに円金利は低下しており、需給環境が重要か
6月2日に行われた日本の10年国債入札が堅調な結果となったこともあり、長期金利は前日差▲10.7bpの2.58%となった。5月19日には2.79%まで上昇していたが、このところは低下圧力が強い。株高が進んでいることから、バランス型ファンドのリバランスによる影響が指摘されているが、円金利の上昇が一服した可能性があるだろう。
もっとも、円金利市場を巡る材料は多い。①円安圧力とインフレ懸念、②日銀の対応の不透明感、③消費税率引き下げの議論を含めた財政の不透明感、④金利の水準感に注目した押し目買い、といった論点があり、状況は複雑である。
このうち、①円安圧力とインフレ、②日銀の対応については不透明な状態が変わっていない。米国とイランの交渉が進んで原油価格が下落したタイミングでは、インフレ懸念が後退する局面もあったが、足元では再び原油価格が上昇し、円安圧力が強くなっている(足元の金利低下の要因とは考えにくい)。
③財政の不透明感については、財政健全化を重視しているとみられる麻生副総裁と高市首相の関係が改善しているという報道などから、「積極財政」のカラーがやや弱くなるという見方も強くなった。しかし、足元では消費税率の引き下げの可能性が高まる中、再び不透明感が強くなっている。筆者は、麻生氏は消費税率の引き下げに消極的な姿勢を示してきたことから、この議論はトーンダウンしていくものだとみていたが、高市首相のこだわりが強かった模様である。高市氏の強いこだわりにより、財源論は後回しのトップダウンで議論が進んでいる可能性には注意が必要である。むろん、高市氏も金利上昇を懸念している模様であり、補正予算における経済対策を実施しないことで財源を確保するという方向性が報じられているが、「これは具体的な財源とは言いがたい」(日経新聞)という解釈が多いだろう。また、6月3日の国会で審議入りすることになった26年度補正予算案についても、もともと高市氏は編成を否定していた。現時点で経済対策はやらないと言われても、市場は額面通りに受け取ることはないだろう。
このように、外部環境としては金利上昇要因がかなり多く残っている中で、足元の金利低下を説明する要因があるとすれば、④金利の水準感に注目した押し目買いくらいだろう。いわゆる「需給」による後付け的な解釈はいくらでもできてしまうのだが、まったくヒントがなかったわけではない。5月20日に公表された公社債店頭売買高によると、生保・損保がまとまった幅で超長期債を買い越していたことが確認されていた。海外投資家が超長期債を売り越していたという報道が多かったが、当該統計は売り買いの合計はゼロになるものである。海外投資家が売ったことよりも、生保・損保が年度初の4月に買い越したことの方が重要だろう。前述したように、債券市場の外部環境はそれほど好転したとは言えないため、国内投資家の変化は金利水準に注目した押し目買いの可能性が高い。
不透明感が強い状況は続いているが、すでに長期・超長期金利は国内投資家が求める水準よりも上昇している可能性が高く、金利上昇のトレンドは一巡した可能性が高いと、筆者はみている。
求人件数の増加は労働市場が定常状態に入ったことを示唆
今後の労働市場について、求人件数は緩やかに増加しながらも、賃金上昇圧力を強めるような人手不足の状況にはならないだろうと、筆者はみている。
米国の求人件数は、コロナ後のペントアップ需要に対応するための大幅な人手不足状態の反動により、減少傾向が続いてきた。もっとも、求人件数はすでにコロナ前と同程度の水準(700~800万件程度)にまで低下している。人手不足状態の調整が一巡し、定常状態に近い状況にあると考えられる。
ここで、求人件数の長期トレンドを確認すると、コロナ前後のアップダウンを除けば、基本的には増加傾向となっていることが分かる。例えば、年末時点の求人件数を確認すると、02年末に約317万人だったが、金融危機前の好況時の06年末には約462万人に増加した。その後、金融危機によって09年末には約257万人に減少した後、10年代はほぼ一貫して増加し、18年末には約749万人に増加した。その後、コロナ禍の影響で20年末には約677万人に減少したが、その後は急激な人手不足の状況になり、21年末には約1,152万人となった。その後は、徐々に減少し、26年4月分では約762万人になったという流れである。このように振り返ると、求人件数の水準が大きく高まったことが分かる。足元では、AIによる労働者の代替効果が不安視されているが、現実には金融危機の好況時(約462万人)の約1.65倍である。長期の失業者が大きく増加していく可能性は低い。
求人件数がトレンド的に増加している背景は、労働参加率の低下で説明できるだろう。米国の労働参加率(年末時点)は、97年末に67.2%のピークを付けた後、景気変動やコロナ禍の影響を受けつつも、ほぼ一貫して低下している。直近の26年4月分は61.8%となっており、低下トレンドに変化はない。短期的には移民の減少が労働参加率を低下させているという指摘があるが、中長期的な変化は高齢化によってもたらされている可能性が高い。これだけ労働参加率が低下していることを勘案すれば、米国経済は慢性的な人手不足状態にあり、定常状態では求人件数が緩やかに増加していくと考えることが妥当だろう。
重要なのが、このような慢性的な人手不足状態が実体経済にどのような影響を与えるかという点である。実体経済については、潜在成長率の低下が予想される。むろん、AIによる代替効果の期待はあるものの、労働参加率の低下が実体経済にプラスの影響を与えることはないだろう。また、インフレについては、人手不足の進行が「慢性的」なものである場合、賃上げ圧力にはつながらないだろう。むろん、コロナ後のような「急性的」な人手不足であれば、人材の取り合いが賃上げにつながる可能性が高い。しかし、「慢性的」で、ゆっくりとした人手不足であれば、賃上げが進みにくい。そもそも、高齢化によって需要も落ちている可能性を考慮すれば、高齢化によって人々が労働市場から退場していくことは、需給がマッチした結果であると言える。これまで働いていた労働者が引退などによって減れば、企業は求人を出すだろう。しかし、高齢化によって経済全体が縮小していることを考慮すれば、その求人を出す必要はなかったかもしれない。そういった求人の蓄積が、賃金上昇につながることはないだろう。これは、長く日本経済が経験してきた「慢性的」な人手不足状態と同じである。
(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)