今月公表されたJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)の株主向け書簡は約2万5000語に及んだ。

ウォール街にとって、特に目を引いたのは米マーケットメーカー(値付け)大手、シタデル・セキュリティーズ(Citadel Securities)の2語だった。

激しい競争を扱ったセクションで取り上げたものだが、米銀最大手のCEOが年次書簡で言及するのは異例。背景には、JPモルガンなど大手が主導してきた領域への本格参入をシタデル・セキュリティーズが進めていることがある。ヘッジファンドや資産運用会社、年金基金などの株式ブロックトレード(大口取引)の執行だ。

これは、富豪のケン・グリフィン氏が創業した同社の小口・高頻度の株式取引ビジネスとは対照的だ。この取り組みは手数料収入の拡大や株式取引のあらゆる側面に関する知見の一層の深化につながる可能性がある一方、JPモルガンなど大手金融機関との間で緊張が高まる可能性もある。これらの金融機関はしばしばシタデル・セキュリティーズの貸し手であり、顧客でもある。

シタデル・セキュリティーズのジム・エスポジト社長は、フロリダ州マイアミの本社でのインタビューで、「銀行になることは目標ではなく、全然考えていない」と述べるとともに、「顧客が直面する最大の課題を解決することに注力しており、そうすることで当社は成長を続けることが可能となる」と話した。

ニューヨーク証券取引所(NYSE)

ただ、特定分野での競争は避けられそうにない。事情に詳しい複数の関係者によると、両社が直接競合するようになったことで、JPモルガンは自社の大口株式注文の一部をシタデル・セキュリティーズに回すのを停止した。

また、シタデル・セキュリティーズは事業拡大のために銀行から人材の引き抜きを進めており、ダイモン氏のチームから少なくとも1人の主要人材を採用している。

JPモルガンの広報担当者はコメントを控えた。

数学者やエンジニアが築いてきたシタデル・セキュリティーズは、銀行出身者が加わることで、新たな取り組みの成功に向けてカルチャーの転換を迫られる、さらに、最大手行が提供するような包括的なサービス群を持たないまま、JPモルガンなどと競合する必要がある。

もっとも、先進的なテクノロジーと自己資本の活用を武器に、シタデル・セキュリティーズなどマーケットメーカーは、機関投資家向けビジネスでウォール街の金融機関に挑戦するだけの力量があると、コーリション・グリニッチの株式市場構造・テクノロジー担当シニアアナリスト、ジェシー・フォースター氏はみている。

フォースター氏は「彼らには人材採用に投資する資金や、流動性がある」とした上で、「そうしたフローを巡って競争できない理由はない」と語った。

銀行人材採用

シタデル・セキュリティーズをはじめとする電子マーケットメーカーは、人手をほとんど介さず、アルゴリズムによって超高速で売買を行う「ロータッチ」のシステムを得意とする。1回ごとの取引で得られる利益は小さいが取引量は多く、個人投資家の注文は通常ブローカー経由だ。

シタデル・セキュリティーズはこのモデルにより、米株式市場で巨大な存在となり、個人投資家取引の約35%、全株式注文の24%を執行している。

これに対し、「ハイタッチ」ビジネスは件数は少ないものの、はるかに規模の大きい取引を扱う。注文は通常、顧客から直接持ち込まれ、コストを抑制して市場への影響を最小限にするため、多くの場合、人手を介する必要がある。

必要とされるスキルセットは異なり、労働集約的でもあるが、収益機会は大きい。ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)の分析では、ハイタッチ型のトレーディングデスクは株式ブローカー手数料全体の55%を占めている。

Photographer: Eva Marie Uzcategui/Bloomberg

エスポジト氏はシタデル・セキュリティーズについて、銀行と自己勘定取引会社の間の独自の立ち位置にあり、「双方を完璧に融合している」との認識を示した。

ハイタッチ型の領域では銀行が優位に立ってきた。長期的な顧客関係に加え、新規株式公開(IPO)や債券発行の引き受け、証券リサーチなど、取引と組み合わせて提供できるサービスの幅広さが背景にある。

金融危機後の資本規制強化を受けて、銀行の多くがマーケットメーク業務を縮小したものの、機関投資家向けビジネスのシェアは引き続き非銀行勢を大きく上回っている。

シタデル・セキュリティーズがこうした状況を変えるには、投資家との独自の関係構築が不可欠で、同社は経験豊富な銀行人材の採用を積極化している。その中心にいるのがエスポジト氏自身だ。

ゴールドマン・サックス・グループでバンキング・マーケッツ部門の共同責任者を務めたエスポジト氏は入社後、正式な顧客カバレッジ部門を迅速に立ち上げ、旧知の同僚アブ・バブサー氏を責任者に据えた。JPモルガンでハイタッチ型株式トレーディング責任者を務めていたエラン・ルーガー氏も昨年、シタデル・セキュリティーズに加わった。

シタデル・セキュリティーズは大口の債券注文を扱う機関投資家向けプラットフォームを確立している。大口投資家にとって、シタデル・セキュリティーズのような企業と直接取引する利点は利便性に加え、取引所や銀行では得られない可能性のある流動性へのアクセスにある。同社にとっては、これまでの急成長を維持する貴重な手掛かりとなる。

シタデル・セキュリティーズは昨年、株式のハイタッチ型ビジネスを正式に立ち上げる前の段階で、トレーディング収入が過去最高の122億ドル(現行レートで約1兆9400億円)に達した。2024年に記録した従来の最高水準97億ドルから約25%の増加となった。

シタデル・セキュリティーズのハイタッチ型サービスを利用している資産運用会社アライアンス・バーンスタイン(運用資産8390億ドル)の執行サービス部門グローバル責任者、フランク・ラフリン氏は「彼らにはわれわれが求める規模のリスク移転を支えるのに十分な資金調達力とバランスシートがある」と評価した。

独特の強み

シタデル・セキュリティーズは、ハイタッチ型ビジネスの拡大に向けて活用できる別の強みも持つ。

個人投資家取引での圧倒的な存在感により、市場で影響力を増すこの層の動向に関する洞察だ。ゴールドマン・サックスで市場見通しの名手として知られたスコット・ルブナー氏を迎え入れたのは、機関投資家の投資判断に役立てるため、こうした内部データの分析を担ってもらう意図があった。

ハイタッチ型デスクの立ち上げを後押しするため、シタデル・セキュリティーズは「Trade Seeker」と呼ぶ技術も導入した。大口株式取引をいつどこで執行するかを判断するために開発された。このほか取引が各取引所などに与える影響を定量化する「Liquidity Finder」、オプション取引向けの「Instant Trader」や「Bullseye」などのツールも提供している。

ペン・チャオ(趙鵬)最高経営責任者(CEO)はインタビューで、「当社は金融サービスの全体像を見渡し、その中から自社に隣接し、付加価値を生み、顧客サービスの向上につながる領域を見極めている」と発言。「当社はトレーディングに強みがある。それをどうすれば顧客にも生かしてもらえるかを考えている」と説明した。

ペン・チャオ(趙鵬)最高経営責任者(CEO)

シタデル・セキュリティーズは執行アドバイスの強化に向け、マクロ分野のカバレッジも拡充している。元中央銀行当局者や元政府高官に、顧客との電話会議や面談に参加してもらう体制を整備した。自社の内部専門家に頼る傾向のある銀行との差別化につながるコンテンツの提供を狙う。

イランでの戦争を受けては、バイサイド顧客向けに電話会議を開催し、ポンペオ元米国務長官が紛争について見解を示したほか、欧州中央銀行(ECB)のドラギ前総裁が金融政策への影響を分析する別の会合も開いた。

また、投資家の要請に応じてテクノロジーコンサルタントのような役割も担う。趙氏によると、ジョシュ・ウッズ最高技術責任者(CTO)は同社で最も引き合いの多い経営幹部で、顧客は人工知能(AI)や自動化された取引システムへの対応について助言を求めている。

運用資産700億ドルのヘッジファンド、コーチュー・マネジメントの創業者フィリップ・ラフォント氏は「大手銀行よりもテクノロジーの活用が進んでおり先進的だ」とし、「当社のニーズが変化する中で、彼らとの取引が増える可能性がある」との見方を示した。

競合の戦術

シタデル・セキュリティーズだけが、大口投資家からのビジネス拡大を狙うマーケットメーカーではない。

バーチュ・ファイナンシャルは18年、機関投資家向けブローカーのインベストメント・テクノロジー・グループを買収し、個人向けブローカーの注文執行を中核とする事業からの飛躍を図った。同社は主にエージェントとして顧客間のブロック注文をマッチングするが、顧客の選択に応じて自社のバランスシートを用い、取引の相手方となることもある。

競合のジェーン・ストリート・グループもブロック注文を扱うものの、機関投資家に直接アプローチすることはない。銀行が顧客に代わって同社に注文を引き受けるかどうか打診する仕組みで、注文は転送される。事情に詳しい関係者の話では、顧客はジェーン・ストリートが実際に注文を引き受けていることを認識していない場合もある。

BIのアナリスト、ラリー・タブ氏は「収益の源泉がマーケットメークであれば、取引量が増えるほど事業規模も拡大する」と指摘。「個人向けだけに対応しているなら、投資家全体の半分しか対象にしていないことになる」と解説した。

現時点では、非銀行勢と従来型の大手の双方にとって十分な取引機会が存在することを示唆する証拠がある。年初3カ月間に市場を揺るがした地政学的混乱で投資家が対応を迫られる中、大手銀行のトレーディング部門は過去最高の収入を記録した。シタデル・セキュリティーズは、プライムブローカレッジなど、取引以外の分野では引き続きJPモルガンの顧客でもある。

エスポジト氏は「シタデル・セキュリティーズが銀行と競合し、勝者総取りになるという見方は単純過ぎる」と発言。「分野によっては当社は銀行の顧客であり、別の分野では競合する。市場は両タイプのプレーヤーを受け入れるのに十分な規模があることを示している」と論じた。

原題:Citadel Securities’ Stock Trading Push Sets Wall Street on Edge(抜粋)

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