(ブルームバーグ):歯磨き粉や紙おむつ、チョコレート。学生たちが熱い視線を注ぐ。スーパーやドラッグストアに足を運び、商品の陳列棚を撮影。販売価格のみならず、顧客の目線の高さにどのような商品が配置されているかなどを細かく確認する。
これは大手ヘッジファンドの米ポイント72アセット・マネジメントや世界最大の資産運用会社の米ブラックロック、東京海上アセットマネジメントなどが支援する業績予想コンテストの一場面だ。大学生と大学院生の参加者たちが日本企業を分析する。金融業界の実務を経験できる絶好の機会だ。
主催するのは投資家向けの学習ツールを展開するGyoseki(東京都渋谷区)。代表取締役の加藤寛之氏は、ドイツ銀行で株式アナリスト、ポイント72でポートフォリオ・マネジャーを務めるなど約20年にわたる金融業界での経験を持つ。
同氏は日本の新卒人材について「グローバルな運用会社が求める経験や技能を持ち合わせていない人は多い」と指摘する。こうした問題意識から、人材育成を目的に4年前に「Gyoseki大会」を立ち上げた。
今回で4回目を迎えたこのコンテストは、人材不足が指摘される金融業界において、企業が優秀な若手人材を採用する一助となっている。ロンドンやニューヨークのように、空いたポストを巡って熾烈な争奪戦が繰り広げられる地域とは異なり、日本では人材の層そのものが薄い。
リクルートワークス研究所によると、2025年3月卒の日本の大学・大学院卒の求人倍率は過去5年で最高の1.75倍となった。学生100人に対し企業からの求人が175件ある計算で、企業間の人材獲得競争は激化している。
就活サイトの運営などを行っているワンキャリアが、東京大学と京都大学の学生を対象に集計した就活人気企業ランキングでは、2020年以来、外資系投資銀行は上位30社に入っていない。
人材紹介会社モーガンマッキンリーの熊沢義喜ディレクターは、外資系投資銀行などによる新卒採用について「年々難易度が高まっているのではないか」と指摘する。「金融は以前はかなりの人気職種であったのだが、コンサルティングやテクノロジー、スタートアップなどに優秀な人材の一部が流れている」という。
こうした環境の中、有望な若手人材を発掘できる貴重な場として、Gyoseki大会に関心を寄せる金融機関も増えてきた。
大会の特徴は、企業の収益見通しや競争環境、マクロ要因を踏まえた伝統的な企業分析を重視している点にある。定量分析や自動化されたトレーディング戦略などテクノロジーを重視するコンテストとは一線を画す。
さらに、大手金融機関の担当者による企業のファンダメンタル分析に関する講義も用意されており、実務に近い学びの機会が提供される。
ブラックロック・ジャパンの重川利枝ファンダメンタル株式運用部長兼マネージング・ディレクターは、優秀な若手の採用が難しくなる中、「人材発掘の有効な場」と評価する。同社は参加者の中から複数人をインターンに選んだ実績がある。
人工知能(AI)の進展により、若手アナリストの業務の一部は置き換えられつつある。それでも、企業の本質を見抜く力の重要性は変わらない。Gyoseki大会ではAIの活用自体は奨励されているが、依存度が高すぎる場合は評価に影響する。
複数の大手証券会社でアナリストとして活躍したモニクルの原田慎司代表取締役は「引き続きファンダメンタル分析の技術や知識、経験は役に立つ」とみている。むしろ、そうした専門性を身につけた人材がAIを十分に活用することで「すさまじい付加価値が生まれる」と話す。
シティグループ証券で銀行部門のアナリストとして高い評価を得ていた東洋大学の野崎浩成教授も「人間の感性が生み出す洞察は、合理的で機械的な発想ではなかなか到達できない部分ではないか」と指摘する。
Gyoseki大会には、金融を専攻していないことなどを理由に従来は見過ごされがちだった人材を含む多様な背景を持つ学生らが参加した。
セントルイス・ワシントン大学の山口直人さん(28)とハーバード大学の内藤直樹さん(26)もその一例だ。いずれも博士課程に在籍。ボストンで出会い、ビジネスへの関心をきっかけに親交を深めたが、Gyoseki大会を知るまでは、それをどのように追求すればよいのか見通しが立っていなかった。
計算生物学を専攻する山口さんは、複雑なデータ分析を活用する職種など、それまで知らなかった金融の仕事について理解を深めることができたと話す。株式市場と生物はいずれも「極めて複雑」で、「どちらも知的好奇心を満たしてくれる」という。
直近の第4回大会には前の年のほぼ倍となる約300人が参加し、170チームが分析を競い合った。各チームはユニ・チャーム、ライオン、江崎グリコの中から1社を選び、財務モデルと分析リポートを作成。決算結果との整合性などを基に評価された。
精度の高かった上位6チームが決勝に進出した。各チームが英語で5分間のプレゼンテーションを行った。京都大学の学生3人のチームは、ライオンの四半期営業利益をわずか4%の誤差で予想し、2026年の業績見通しも正確に予測した。
優勝したのは慶応大学の3人組だ。ライオンは製品数を絞ることで収益性を高められるといった分析が、審査員から高い評価を得た。準優勝は江崎グリコを分析した山口さんと内藤さんのチーム。競合他社と比較して業績が低迷している理由を説明するために、グリコの弱い価格競争力に焦点を当てた。
優勝チームには15万円が贈られるが、より重要なのは企業が採用したいと思う魅力的な人材を育てることにあると加藤氏は強調する。
実際、優勝メンバーの1人は今夏にブラックロックでのインターンを予定している。また、第1回大会の参加者の中には、JPモルガン・チェースで債券トレーダーを経てポイント72でアナリストとして働く人材も出ている。
金融業界が人材確保で苦戦する中、Gyoseki大会は単なるコンテストにとどまらず、次世代の投資プロフェッショナルを育てる場として存在感を強めている。
もっと読むにはこちら bloomberg.com/jp
©2026 Bloomberg L.P.