(ブルームバーグ):グローバルな出生率危機が深刻化する中で、世界は依然として簡便な説明を探し続けている。
住宅価格のせいかもしれない。あるいは、責任感のないミレニアル世代、つまり大人になりきれないピーター・パン世代のせいなのかもしれない。
女性の権利が少な過ぎるせいだという人もいれば、逆に多過ぎるためだと主張する人もいるだろう。少子化について、誰もがそれぞれの持論を持っているようだ。
この危機に最初に直面した国から学べる教訓はあるはずだ。しかし私たちは、それを学ぼうとしないように見える。
英作家トム・ファイリング氏の新刊「Alone in Japan」を読んだとき、私が抱いた印象はまさにそれだった。この本は、日本がなぜ出生数低下の象徴的存在となったのかを検証し、解明しようとしている。
ファイリング氏は1990年代前半に数年間日本に住み、2010年代後半に再び訪れた。彼は日本を旅しながら、高齢化が進む社会を観察する。もはや日本は特異な存在ではないかもしれないが、死亡数が出生数の倍以上という現実を踏まえれば、検証する価値はある。
しかし本書は最終的に、よく知られたステレオタイプに答えを求めてしまう。セックスレスや孤独、過労、バブル経済崩壊。やや乱暴に日本人の「生殖の失敗」と呼ぶ現象の説明として、それらを挙げている。
予想通りのお決まりの表現が並ぶ。子どもの代わりに溺愛されるペット、残酷な社会から逃れる引きこもり、活力を失った性生活の果てに仮想アイドルと結婚する人々。
2000年代半ばの言説である「草食系男子」や「パラサイト・シングル」といった言葉も登場するが、今日では場違いに響く。たとえ一定の関連があったとしても、こうしたレッテル貼りは社会集団を安易にひとくくりにし、大きな変化を理解する努力を避けてしまう。
違和感
ファイリング氏も多くの人と同様、日本の人口減少と経済力の衰退を結び付けて論じる。しかし出生率の低下は1970-80年代の好景気の時代にすでに始まっていた。
古びた観察の象徴が、91年以降に税収が「半減」したという記述だ。日本の税収は現在、過去最高水準にある。引用されている数字は2012年ごろのものと思われる。

私が最も強い違和感を覚えたのは、日本人を愛情に乏しく、「単調で骨の折れる働くだけの人生を受け入れている」疲弊しきった人々として描く筆致だった。
ある場面では、著者は日本で母親が子どもを抱きしめたりキスしたりするのを「ほとんど見たことがない」と記している。別の場面では、男性が猫をなでる行為が反抗の象徴のように提示される。
日本人が「身体的な愛情表現をするのを見るのはあまりに久しぶりだったので、その光景からは、どこか禁じられたことをしているような印象すら受けた」とファイリング氏は言う。
女性は主体性を欠いた犠牲者のように描かれている。しかし、機会に恵まれた立場にある女性が子どもを少なく持つことを意識的に選択する場合もあるという視点は、ほとんど考慮されていないようだ。
仮にそうした例が示される場合でも、それは「人の気持ちや心のゆとりを犠牲にしてまで仕事を優先する社会への反発」として捉えている。
理解の妨げ
私たち西洋人が、日本社会をこのように語るのは、もう終わりにすべきだ。日本(そして韓国や中国、シンガポールなどアジアの他の国々)で出生率が低下すると、それはしばしば否定的に語られる。過酷な社会に対する反動や反抗、抗議という枠組みだ。
だが、米国で同じことが起きたとすれば、それは若い女性が自分の人生をコントロールしていることの表れとして評される。実際、米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)はそう伝えている。
引きこもりや「ニート」を、日本特有の過度にプレッシャーの強い教育・労働文化の産物として語り続けることもできない。英国では現在、16-24歳の約100万人がニートであり、労働年齢人口の4分の1が、メンタルヘルス危機を含む理由で就業していない。
米国人がますますセックスをしなくなっていると報じられているのに、なぜ日本人の性生活の減少を説明するために神道の清浄観へのこだわりを持ち出すのだろうか。
セックスロボットや仮想キャラクターとの結婚といったニッチな話題は注目を集めるが、ほとんど深い洞察はもたらさない。
こうした問題に最初に直面した日本から学べることはある。しかし、外国を斜に構えて見続ける限り、教訓は得られない。20年前なら、日本が例外的な存在だったこともあり、その反応はまだ理解できたかもしれない。だが今や多くの国が同じ問題に直面している。私たちは実際に何が起きているのかを見るべきだ。
どの政策対応が機能し、どれが機能しないのか。資金はどこで効果的に使えるのか、どこでは無駄になるのか。人口減少を和らげるためにどのような措置が可能で、何を避けるべきなのか(ファイリング氏の本は、各国で政治的混乱を引き起こしているにもかかわらず、大規模移民を解決策として支持している)。
ファイリング氏がこうした視点をつかみかける瞬間もある。だが彼は最終章で再び単純化された分析へと後退する。章題は「No Sex, No Kids, No Future(ノーセックス、ノーキッズ、ノーフューチャー)」だ。文化的優越意識に頼り続ける限り、私たちは今起きている変化にどう向き合うべきかを理解できないだろう。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Stop Discussing Japan’s Birthrate Like This: Gearoid Reidy(抜粋)
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