(ブルームバーグ):長引く物価高で家計の負担が増す中、2026年春闘の行方が注目される。「強い経済」の実現へ高市早苗首相が物価上昇を上回る賃上げを求める中、近年の賃金上昇の勢いが定着するのか、企業規模間の格差が縮小するのかが焦点だ。
春闘とは
毎年春に労働組合と企業側が賃金や労働条件などを交渉する枠組みを指す。日本最大の労働組合の全国中央組織である連合では「春季生活闘争」、企業側では「春季労使交渉」と呼ぶことが多い。大手企業の妥結水準は、中小企業や非正規雇用の待遇にも影響を与え、賃金の方向性を示す重要な指標となる。
春闘の動向は日本銀行の金融政策にも影響し得る。日銀は昨年12月に政策金利を30年ぶり高水準の0.75%程度に引き上げた理由の一つとして、26年春闘に向けた労使の対応方針などから、25年に続き「しっかりとした賃上げが実施される可能性が高い」ことを挙げた。追加利上げの時期やペースを占う材料として市場も注視している。
交渉の流れ
連合は例年10月に翌年の春闘に向けた「基本構想」を公表し、11月末から12月上旬に方針を決定する。その後、産業別労組が要求水準や方針を決め、個別の組合が2月ごろに企業へ要求を提出することが多い。
交渉は大手企業を中心に本格化し、3月中旬に集中回答日を迎える。大手は同月内におおむね決着する一方、中小企業は例年4月以降も交渉が続く。今春闘で連合は3月5日に要求集計結果を、23日に第1回回答集計結果を公表する予定だ。
賃上げ目標
連合は26年春闘で、基本給を底上げするベースアップ(ベア)で3%以上、定期昇給相当分を含めて5%以上を賃上げの目安としている。中小の労組は企業規模による格差是正分を加えて6%以上を求める。
25年春闘の最終回答集計によれば、平均賃上げ率は5.25%、ベアは3.70%と、いずれも目標を達成。組合員300人未満の中小の賃上げ率は4.65%と、1992年以来の高水準だった。
繊維や流通などの労組で構成する国内最大の産業別労組UAゼンセンは、正社員はベアで4%、定期昇給分を含めて6%の賃上げを要求する。パート従業員ら短時間組合員は制度昇給分を含めて7%を基準に引き上げを求める。 自動車総連は、ベアに相当する賃上げ要求の目安を月1万2000円以上としている。
経営側の方針
賃上げの重要性については経営側も基本的な姿勢で一致している。経団連は1月20日に公表した26年版「経営労働政策特別委員会報告」で、社会的責務として賃金引き上げのさらなる定着に取り組み、「分厚い中間層」の形成と「構造的な賃金引き上げ」の実現に貢献していく考えを示した。
「ベースアップ実施の検討が賃金交渉におけるスタンダード」とし、賃上げの力強いモメンタム(勢い)の「さらなる定着」に向けた重要な柱と位置付けている。
経団連の筒井義信会長は1月27日、連合の芳野友子会長との懇談会の冒頭で、モメンタム定着の必要性について、連合と経団連の「認識の共有度合いが非常に強い」と発言。芳野会長も「労使間の基本的認識にほぼ齟齬(そご)はない」と述べた。
賃上げ率予想
第一生命経済研究所の新家義貴シニアエグゼクティブエコノミストは、歴史的な賃上げとされる25年春闘とほぼ同等の高い賃上げが実現するとみている。26年春闘の賃上げ率は、連合集計ベースで5.20%と予想した。
厚生労働省が集計した25年の民間主要企業の平均賃上げ率は5.52%と、1991年以来の高水準だった。日本経済研究センターが先月12日公表したESPフォーキャスト調査によると、同ベースの26年の賃上げ率予測は平均5.08%となった。第一生命経済研究所の新家氏は5.45%と予想している。
帝国データバンクの調査によると、26年度に賃金改善を見込む企業は63.5%と、2年連続で6割を超えている。ベースアップを実施する企業は58.3%で、5年連続最高を更新した。賃上げの理由は、「労働力の定着・確保」が74.3%で最も多い一方、「最低賃金の改定」が29.2%と過去最高となった。
今春闘の焦点
実質賃金がプラス圏で定着するよう、物価上昇に負けない賃上げを実現できるかが26年春闘の最大の焦点だ。実質賃金は25年まで4年連続で減少。物価高で家計の購買力がそがれ、生活の改善を実感しにくい状況が続いている。
連合は実質賃金を1%上昇軌道に乗せることで、「賃上げノルム(社会通念)」の定着を目指している。高市首相も昨年11月の政労使会議で、過去2年と遜色ない水準の賃上げ実現に向け労使に協力を要請。「物価上昇に負けないベースアップの実現」の必要性を強調した。
賃上げの裾野を広げられるかどうかも重要だ。24年と25年の春闘では5%超の賃上げが実現したものの、企業規模による格差は依然として大きい。大企業の高水準の賃上げが中小企業や非正規雇用にも波及し、賃金の底上げにつながるかが注目される。
賃上げの課題
もっとも、日本商工会議所が昨年6月にまとめた中小企業の賃金改定調査によれば、25年度は防衛的な賃上げに当たる「業績の改善が見られないが賃上げを実施(予定含む)」が60%に上った。人材の確保や物価高への対応で賃上げせざるを得ない中小の厳しい状況が示されている。
中小企業が賃上げの原資を確保するには、労務費などの適切な価格転嫁が欠かせない。1月には、サプライチェーン全体で取引の適正化と価格転嫁の促進を図る「中小受託取引適正化法( 取適法 )」が施行された。社会全体としての賃金底上げへ、政府は環境整備に取り組んでいる。
厚労省によると、労組に加入している労働者数が労働者総数に占める割合を示す組織率は昨年6月時点で16%と過去最低だった。組合の多くが正社員中心で、派遣社員やパートタイム労働者といった非正規雇用の増加もあり、賃上げの波及には構造的な制約も指摘されている。
リスク要因
中東情勢の緊迫化で、企業は賃上げに対してより慎重になる可能性がある。原油輸入の9割超を中東地域に依存する日本にとって、エネルギーの供給制約や価格上昇が長期化すれば生産活動や収益に影響が及ぶ。燃料価格の上昇は輸入インフレを増幅させ、企業の賃上げ余力が損なわれかねない。
米国の関税措置による収益への影響も引き続きリスク要因としてくすぶる。米連邦最高裁はトランプ大統領が打ち出した関税措置は違法との判断を示した。これに対しトランプ氏は、別の法律に基づいた関税10%を世界一律で課す新たな大統領令に署名。同関税率を15%に引き上げる考えも示唆している。
--取材協力:照喜納明美.
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