誤解と貧困の構造 —— なぜ高次脳機能障害は「二重の苦しみ」を負うのか
厚生労働省所管の国立障害者リハビリテーションセンターによると、高次脳機能障害の推定患者数は、全国で約27万人と推計されている。
患者本人が日常生活や社会生活において困難を抱えることは言うまでもないが、その影響は、患者を支える家族等も含めると、さらに多くの人々に及ぶ。
この推計患者数の裏側には、外見からは見えない障害に苦しみ、社会との接点を失うことで困難な生活を余儀なくされている一人ひとりの現実がある。
以下、ヒアリングによる一人の高次脳機能障害者の例を紹介する。
かつて大手IT企業のシステム開発職として働いていたAさん(50代)は、脳血管疾患によって脳に障害を受けた。
一命を取り留め、比較的早期の処置が功を奏し、一時は要介護3となったものの、最終的には身体的に大きな麻痺は残らなかった。「奇跡的な回復だ」と周囲は喜んだ。しかし、退院後の彼を待っていたのは、以前とは何かが違う自分と、社会との隔たりであった。
新しいことが覚えられない。感情が抑えられない。何をしても動作が遅く、すぐに疲れてしまう。動悸が激しくなり、手足がしびれることもある。外見は健常者と変わらないように見えたが、現場に復帰することはできなかった。
産業医による復職支援は、2週間の時差通勤と、自席でパソコンに向かって日記を書く試験出社から始まった。オフィスの椅子に座っているだけでも疲労困憊してしまったという。
その後、新しい配属先は市場調査部門となったが、最終的には早期退職を余儀なくされた。
自宅で預金通帳を見つめるAさんは、不安に襲われるという。「今は同居する家族がいるから生活できている。地方には高齢の両親もいる。だが、自分はこれからどうやって生きていけばいいのか」(ヒアリングより)。
高次脳機能障害が「見えない障害」と呼ばれる理由は、その症状が外見からは判別しにくく、一見すると「性格の問題」や「怠慢」と受け取られてしまう点にある。
司令塔である脳がダメージを受けることで、記憶を保持できなくなる「記憶障害」や、複数の作業を同時にこなせずミスが増える「注意障害」、さらには感情のコントロールが難しくなる「社会的行動障害」などが生じる。
こうした症状は、「やる気がないから覚えない」「性格が変わった」と誤解されやすく、当事者の自尊心を損ない、社会参加への意欲を削いでしまう。
そして、この障害にはもう一つ、深刻な側面がある。それは経済的リスクである。
受傷や発症の多くは働き盛りの世代で起こるため、キャリアが突然断絶され、収入が途絶えるという「稼ぐ力の喪失」に直面することになる。
実際、就労状況に関するデータを見ると、その落差は歴然としている。発症前には全体の約75%が企業等で就労していたにもかかわらず、受傷・発症後にはその割合は大きく低下し、多くの人が一般就労の継続を断念せざるを得ない状況にあることが分かる。
本来であればこれから社会に出ていくはずだった学生や、キャリアを積んでいた働き盛りの層が、一瞬にして労働市場から退出を余儀なくされているのである。
「就労の断念」は、本人だけの問題にとどまらない。収入の途絶と同時に発生する日々の生活支援の負担は、誰が担うことになるのか。その重責は、公的サービスだけでは補いきれず、結果として同居する家族へと重くのしかかることになる。
このように、発症を境に多くの当事者が職を失い、経済的な基盤を大きく損なってしまうのが現実である。障害年金等の公的支援はあるものの、それだけで人生100年時代を生き抜くには心許ない。
さらに、遂行機能障害により計画的な金銭管理が困難になったり、脱抑制の症状により衝動的な浪費を繰り返したりするリスクも高まる。判断能力の低下につけ込む悪質商法や詐欺のターゲットにされる危険性も無視できない。
「稼ぐ力の低下」と「管理能力の低下」が同時に起こることで、「同居の親族亡き後」の生活資金をどう確保するかという問題が深刻化する懸念がある。

