(ブルームバーグ):ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手が高校時代を過ごした岩手県花巻市に住む柏田基嗣さん(72)にとって、野球観戦はテレビを通じて無料で楽しめるものだった。
ところが、今年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)はNetflix(ネットフリックス)での限定配信になると知り、ショックだったと話す。
「前回、大谷君の活躍ですごく盛り上がったWBCが、この辺で見られないとなると非常にテンションが下がる」と残念がる。普段は息子らにテレビの設定を頼っているが、遠方に住むため今回は設定を頼むことは難しく、他に頼れる若者が近くにいないという。
Netflixやアマゾン・ドット・コムのPrime Video(プライム・ビデオ)といった米動画配信大手は、北米や欧州でスポーツ中継に積極的に進出してきた。一方、日本のプロ野球中継は主に、国内放送局や地上波が担ってきた。
NetflixによるWBCの独占配信は、日本に根付いた視聴習慣を変えられるかどうかの試金石だ。
放送業界にとっては、放映権料の値上がりに警鐘を鳴らすものとなり得る。視聴者がより良い視聴体験を求める中で、変革の必要性を迫るものにもなるかもしれない。
日本ではドジャースの試合をはじめ、重要な試合は長年無料で放送されてきたが、通常番組に戻るため中継が途中で打ち切られることも少なくない。また、試合時間短縮のために大リーグが導入した「ピッチクロック」と呼ばれるルールなどの変更も、まだ採用されていない。
「ストリーミングの普及により、スポーツ中継の入札に参加する企業の裾野が広がった」と、米スミス大学(マサチューセッツ州)のアンドリュー・ジンバリスト名誉教授(経済学)は指摘する。「しかし配信サービスが拡大するにつれ、従来型の放送局は市場シェアと高額入札を行う能力を失っている」という。
Netflixは今回の放映権料を明らかにしていないが、朝日新聞は100億円超を提示したもようだと報じた。前回のWBCにおける日本でのテレビ放映権の推定額の少なくとも3倍に当たるという。他の国内メディアは、独占放映権料を150億円とも報じている。
日本での野球人気は高く、数百万世帯に届けられる野球の全国中継によって、テレビ文化は少なからず作られてきた。だからこそ、Netflixの契約がもたらす衝撃は、「黒船」の到来になぞらえられている。
今年のWBCは3月5日に開幕する。日本が優勝した2023年の前回大会では、複数の試合で日本の世帯平均視聴率が40%を超え、米国のスーパーボウルの視聴率に匹敵した。決勝は、米国でWBCとして史上最多の視聴者数を記録し、平均約500万人の視聴者を集めた。日本では、最も視聴されたWBCの試合で平均視聴者数が約3400万-3900万人に達したと、調査会社ビデオリサーチが明らかにしている。
Netflixは、WBCの番組が「日本の視聴者に全く新しい視聴体験をもたらす」としているが、詳細は明らかにしていない。大会期間中は新規登録者など向けに初月を498円の割引価格で提供している。2024年半ば時点の日本の加入者数は約1000万人で、これが同社が開示した最新の数字だ。
「加入するのは比較的易しいが、退会するのは簡単ではなく、そのまま入会している率は高いと言える」と日本大学スポーツ科学部の佐々木達也教授は話す。
野球人気の高さにもかかわらず、日本のプロリーグは収益化の面で出遅れてきた。多くの球団が企業に所有され、ブランド宣伝の手段として活用されているためだ。収入格差は年俸にも表れている。大谷の年俸は平均して7000万ドルだが、2025年に日本のプロ野球でプレーする700人超の選手の年俸総額の約3分の1に相当する。
「日本のプロ野球が収益を上げる力にはやや懐疑的だ」と、日本の野球文化に関する著書を複数持つロバート・ホワイティング氏は語る。たとえば、日本ハムがファイターズ球団を所有する目的は「利益を上げることではなく、ハムの販売促進にある」と同氏は語った。
一つの会社が野球中継を独占すれば、視聴者数の縮小を招き、ひいては競技人気の低下につながる可能性がある。過去20年にわたるイングランドでのクリケット人気の衰退が、その例とされる。
世界でも有数の高齢化社会である日本では、スポーツ分野への配信サービスの浸透がデジタル格差を一段と拡大させ、多くの高齢視聴者を締め出すことになりかねない。一方、佐々木教授は、日本ではすでに若年層の野球離れが進んでおり、配信プラットフォームへの移行が新たな視聴者を呼び込む可能性もあるともみている。
「今の時代の流れなんでしょう」と柏田さんは話す。「高齢者は、若い人がいなければ見れない、聴けないという状況になっているのではないか。私はもう今は諦めるしかないかなという風に思ったりもしているし、実際諦めた人もそばにはいる」と続けた。
原題:Netflix WBC Deal Upends Baseball Traditions in Ohtani Homeland(抜粋)
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