イスラエル政府は2月28日、自国に対する脅威を除去することを目的に、イランに対して先制攻撃を実施したことを発表した。直後、トランプ米大統領も自身のSNSを通じて、米国もイランに対して大規模な軍事作戦を開始したことを明らかにした。トランプ氏は、その目的について、イランによる差し迫った脅威を排除して米国民を守ることと説明した。イランによる差し迫った脅威として、核開発計画の再構築を試みたこと、米国などを脅かす長距離ミサイルを開発していることを挙げ、核兵器とミサイル、ミサイル産業の完全な破壊を図るとした。その上で、米国とイランが数十年にわたって対立してきたことに言及するとともに、イラン国民に対して、一連の作戦が終了したのちの政権掌握を促すなど内政干渉を辞さない姿勢をみせた。イスラエルと米国による攻撃開始を受けて、イラン政府は報復措置を準備するとともに、壊滅的な対応を図るとした。イラン革命防衛隊は、敵が徹底的に敗北するまで報復を続けるとして、イスラエルのほか、クウェートとUAE(アラブ首長国連邦)、カタール、バーレーンにある米軍基地・施設を標的とする攻撃を行った。イランによる報復は一部で成功したものの、その大半は迎撃されたことが明らかになるなど、両陣営の軍事
力の差が明確になっている。背景には、イスラエルは2025年6月にイランに空爆を実施し、その後に両国による報復の応酬に発展し、米国も核施設を空爆した結果、イランは軍事面で相当の打撃を受けたとされることがある。米国は体制転換を視野に入れるなか、一連の攻撃により、最高指導者のハメネイ師とその一族、同師の顧問シャムハニ氏、革命防衛隊のパクプール司令官、ナシルザテ国防軍需相、共和国軍(アルテシュ)のムサビ参謀総長など多数の体制の要人を殺害するなど、所期の目的を達成したと捉えられる。


こうしたなか、イラン国営通信は、イラン最高安全保障委員会(SNSC)のラリジャニ事務局長がペゼシュキアン大統領らで構成される臨時評議会を設置するとともに、長期戦に備える方針を明らかにしている。その一方、米当局者はイランに対する軍事攻撃が数日にわたって行われる見通しを示すとともに、トランプ氏もSNSにおいて、中東全域のみならず世界全体の平和実現のために「今週いっぱい、あるいは必要な限り中断なく」激しい攻撃を継続する方針を明らかにしている。その後も、トランプ氏はSNSに、イランが報復に出た場合はこれまでにない規模でイランを攻撃する方針を示している。なお、2025年6月のイスラエルによるイランへの攻撃をきっかけにした報復合戦は12日間に及んだが、米国とカタールの仲介でイスラエルとイランがともに「勝利宣言」を行うことで矛を収めることで事態沈静化に向かった。しかし、今回は米国が前面に出る形でイランに対する軍事行動に出ていることに加え、イスラエルのみならず、米国も攻撃を継続しており、前回のように仲介役を買って出る状況とはまったく異なる。よって、仮にイランが報復攻撃を継続すれば事態が長期化するとともに、中東情勢は混沌の度合いを深めると予想される。イラン情勢が不安
定さを増すたびに注目されるのが、イランが攻撃艇や機雷などを使用してホルムズ海峡の封鎖、ないし、同海峡を航行する船舶にミサイル攻撃などを仕掛ける可能性である。今回は、イラン革命防衛隊が船舶に対して、いかなる船舶も同海峡の通過を許さないと伝達した模様であり、一部報道では通過する船舶が7割減少したとされる。同海峡の封鎖は、イランの経済、外交の両面で重要なカギを握る中国にも深刻な影響を与えるため、却ってイランが「しっぺ返し」を食うリスクは極めて高い。しかし、前述のように体制要人の死亡で追い込まれたイランが判断力を失う可能性は小さくない。


今回の軍事行動の背景には、世界有数の情報機関(諜報特務庁)を抱えるイスラエルの情報能力の高さが大きく影響した面は否めない。さらに、2025年12月下旬からイランの首都テヘランで、長期にわたる米国の経済制裁による景気低迷に加え、通貨リアルの急落も重なり、商店主らが政府に対する抗議デモを展開し、その動きが全土に広がるなど政権基盤の脆弱さが露呈する動きもみられた。反政府デモを巡っては、イラン革命で打倒されたパーレビ王朝の元皇太子で、米国に亡命中のレザ・パーレビ氏が国民に抗議を呼びかける動きがみられた。また、トランプ氏はイラン政府がデモ参加者を殺害すれば軍事介入を行うと警告する事態に発展した。一方、年明け以降に米国とイランは核協議を再開させたものの、米国は核施設の解体、ウラン備蓄の引き渡し、核濃縮活動の放棄というイランが受容不可能な要求を突きつけた。これに対してイランは、過去に拒絶した妥協案に前向きな姿勢をみせるも、イラン国内に数千基の高度な遠心分離機を残したうえで、ウランを最大20%まで濃縮可能とするなど、2015年の核合意で定められた上限(3.67%)をはるかに上回る提案を行った。さらに、イランはミサイル開発計画を継続する意思を示していたとされる。こうしたことから、米国はイランと核協議を行う背後で、イラン周辺の海域と基地に過去20年で最大規模の戦力を配備するなど圧力をかける動きをみせた。イランは中国製の超音速ミサイル(CM-302)の購入契約を間近に控えており、その能力に不明点は多いが、射程約290㎞で低空高速飛行により空母の防空網を回避可能な形で開発されたとされる。仮に配備されれば、両陣営の軍事バランスに影響を与えるほか、イランが米中による「代理戦争」の新たな舞台となる懸念もあり、攻撃のタイミングを早める一因になった可能性がある。


イスラエルと米国による軍事攻撃によりハメネイ師が死亡したことを受けて、周辺のパキスタンやイラクといったイスラム教国において、米国に対する抗議活動が活発化する動きがみられる。さらに、今後はこれらの国以外のイスラム教徒が多く居住する国においても、反米感情が高まるとともに、米国の影響力の低下が加速していく可能性も考えられる。イランの伝統的な友好国であるロシアも反発を強めており、先月に丸4年を迎えたウクライナ侵攻の行方も依然として見通せないなか、米国とロシアの間で進められてきた停戦協議が膠着する可能性も高まる。ホルムズ海峡は1日の原油供給量の約2割が通過する要衝であり、仮にこの封鎖が長期化すれば世界の原油需給に深刻な悪影響が出るとともに、価格の急上昇を通じて世界経済を混乱させることは避けられない。また、米国とインドは2月、インドがロシア産原油の輸入を減少させ、ベネズエラ産原油で代替することを前提に、米国がインドに課した2次関税(25%)を撤廃することで合意した。しかし、当面のインドは、ロシア産原油の減少分を中東からの輸入増で代替せざるを得ないなか、ホルムズ海峡の封鎖により円滑な代替が進まないうえ、価格上昇が対外収支の悪化を招くことが懸念され、米国に対する不信感が再燃する可能性も残る。その意味では、中東情勢の見通しが立ちにくくなるのみならず、米国の影響力低下に加え、ウクライナ情勢、国際エネルギー市場など、全世界的な動向に影響を与える可能性にも注意を払う必要性はこれまで以上に高まっている。

(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 西濵徹)