(ブルームバーグ):皆さん、こんにちは。布施太郎です。今月のニュースレターをお送りします。
私は映画を人並みにしか見ませんが、それでも幾つかお気に入りの作品があります。特に引かれるのは、新聞記者を主人公にした物語です。洋画では「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」、「スポットライト 世紀のスクープ」、「消されたヘッドライン」、邦画では「クライマーズ・ハイ」と、なかなかのラインアップです。
実話に基づくものから完全なフィクションまで、展開はさまざま。しかし、いずれにも共通するのは、権力にペンの力で立ち向かう姿や、大災害に遭遇して立ちすくむ人たちの人間模様といった「大きな物語」を描いている点でしょう。
そんな作品を見るたび、自分と重ね合わせて「こんなかっこいい仕事ができたら」と思う半面、少しさめた気持ちになるのも事実です。正義を振りかざすことに、どこかうさんくささを感じてしまうからです。
そんな私が強く共感するのが、巨匠ロン・ハワード監督の「ザ・ペーパー」です。ニューヨークのタブロイド紙を舞台に、ある意味では「くだらない」特ダネに追われる記者たちの姿を描いています。巨悪と戦うわけでもない、かっこいいとは言い難い彼らの姿を通して、ニュースとは何か、記者のプロフェッショナリズムとは何かを考えさせられます。
さて、今回のテーマは「映画と金融」です。金融は映画ビジネスを支え、さらなる飛躍をもたらすことができるのか。その可能性を探ってみます。
銀行員が銀幕の現場に
秋田県にかほ市の映画撮影現場。照明の角度が変わるごとにスタッフがきびきびと動く。モニターを見つめる是枝裕和監督が「本番!」と告げた瞬間、周囲は針の落ちる音さえはばかられる緊張感に包まれた。
2025年2月、是枝氏がメガホンを取る漫画原作の話題作「ルックバック」の撮影の場に、 三菱UFJ銀行の産業リサーチ&プロデュース部次長、中川敬太氏は立ち会っていた。工場見学なら銀行員の日常だが、撮影セットに足を踏み入れるのは異例だ。映画製作の精度と熱量を目の当たりにして、中川氏は「銀行として応援できればという思いが強くなった」と語る。
銀行員が銀幕の最前線に足を運んだのは、情緒的な共感を得るためだけではない。同行は25年7月、元東映のプロデューサー紀伊宗之氏が率いる映画製作会社、K2 Pictures(東京都)の映画製作ファンドへの出資を発表した。その出資判断に当たり、製作の実態を自分の目で確かめるためだった。
日本では長らく、金融と、映画をはじめとするコンテンツ産業の距離は遠かった。どの映画作品がヒットするかは誰にも読めない。だから、融資や投資の対象にはなり得ない。それが常識だった。堅実を売りにする三菱UFJ銀であればなおさらだ。
だが、「産業構造も映画のビジネスモデルも変わりつつある」と中川氏は分析する。
実際、日本のソフトパワーは着実に力を付けてきた。経済産業省によると、23年に映画・アニメ・ゲームなどコンテンツ産業の海外売上高は約5兆8000億円となり、初めて半導体産業の5兆5000億円を上回った。自動車の21兆6000億円に次ぐ規模で、24年6月に政府がまとめた「新たなクールジャパン戦略」でも基幹産業として位置付けられた。33年の海外売上高目標は20兆円と野心的だ。
一方で、銀行の融資ポートフォリオは、依然として製造業やサービス業など従来型産業の比重が高い。中川氏は「成長産業であるコンテンツ産業にどう入っていくのかを課題としてきた」と説明する。産業の重心が移る中、銀行にとって軽視できない領域になった。
加えて、映画ビジネスの収益モデルも大きく変化している。かつて映画の収益源は映画館での上映という興行のほか、ビデオの販売やレンタル、テレビ放送、出版などが二次利用の中心だった。だが、今や収益の大きな割合を占めるのが、米Netflixやアマゾン・ドット・コムなどの動画配信サービスだ。
配信各社は、実績のある監督、魅力的な脚本やキャストなど企画の条件がそろえば、映画製作に先立って「独占配信権」などの販売契約を結ぶ。「プリセール」と呼ばれる手法だ。
興行が成功するかどうかは、消費者に作品が受けるかどうか次第。銀行はそこには資金を出せないが、プリセールは異なる。「将来、資金が確実に入ってくると分かれば、その資金を見合いにローンを出せるようになる」(中川氏)からだ。
当たるか外れるかの賭けに見えた映画ビジネスが、将来収益の「見える化」によって銀行の投資や融資の対象に入り始めた。
製作委員会方式の功罪
「誠実な破壊者」。K2 Picturesの代表取締役CEO(最高経営責任者)、紀伊氏を映画監督の三池崇史氏はこう評する。正面の課題に真っすぐに取り組むが故に、既存の枠組みからはみ出さざるを得ないという意味が込められている。
紀伊氏の経歴は業界でも異色だ。東映の子会社に入社し、映画館で切符のもぎりからキャリアを始めた。映画館の支配人を経て、シネコンの立ち上げや映画館のデジタル化などの新規事業を手がけ、最終的には東映のヘッドプロデューサーまで務めた。映画ビジネスの川下から川上までを歩いた数少ない映画人だ。
そんな紀伊氏が強い違和感を覚えたのが、日本独自の映画製作システムである「製作委員会方式」だった。
製作委員会は、映画を作る際に配給会社やテレビ局、広告代理店、ビデオ会社など業界関係者が出資・参画する仕組みだ。各社は自社が関わる事業でそれぞれ手数料を得ながら、投資リスクを分散できるという利点がある。一方で、外部資金が入りにくい閉鎖的な構造を持つ。民法上の任意組合で法人格を持たないため、融資契約を結ぶことが難しい。その結果、製作費の規模の壁にぶつかる。
経産省によると邦画作品の平均製作費は約3ー4億円。ハリウッドにおける製作費の平均は40億円で、大作になると100億円以上も珍しくないという。製作費3億円の場合、10社集めれば1社当たり約3000万円で済む。だが、40億円規模の映画を作ろうとすれば、出資比率10%でも1社4億円。投資リスクを考えれば意思決定のハードルが跳ね上がる。
「国内の小さなパイを奪い合うのに必死で、世界に打って出る大きな作品を作れない」。紀伊氏はこう指摘する。
もう一つが、利益配分の問題だ。総合芸術である映画は、監督や脚本家、音楽家だけでなく、撮影や美術、衣装といった現場を支える多様な才能がそろって初めて成立する。しかし、作品がヒットしても現場の担い手に追加の報酬が支払われるわけではない。紀伊氏は「成功の果実が現場に還元されなければ、才能が流出してしまう。現場が疲弊すれば、日本映画の未来はついえる」と危機感をあらわにする。
紀伊氏は、東映という大きな看板の下では現状を変えられないと判断し、23年に会社を飛び出してK2 Picturesを起こした。24年に映画製作ファンドを立ち上げて資金を集めたが難航し、製作に入っている作品の資金がショートしかけたこともあった。
潮目を変えたアンカー投資家
潮目を変えた要因の一つは、アンカー投資家として5億円超の出資を決めた三菱UFJ銀の存在だ。「金髪のチャラいおっさん」(紀伊氏)の企画に信用の裏付けを与えた。日本政策投資銀行(DBJ)や東急不動産ホールディングス、森トラストも相次いで出資を決めた。山梨中央銀行など地方銀行3行も参加を発表し、今年1月にファンド募集は締め切った。調達額は5月にフランスで開かれるカンヌ国際映画祭の場で公表するという。
DBJは業界関係者20人以上へのヒアリングなどを実施し、半年以上をかけた審査で映画業界特有の商慣習やリスクを深く掘り下げた。企業投資第1部調査役の中村彰宏氏は「映画の当たり外れが読めないにしても、どんなリスクがあり、どれくらいの不確実性があるのかを徹底的に調べ、議論した」と明かす。
紀伊氏はファンド資金で、是枝監督のような巨匠から若手を織り交ぜ、8年間で大小合わせて50本超の映画を作る計画だ。複数の作品を組み合わせることで、1本単位の当たり外れのリスクを分散させるポートフォリオ戦略を採る。最終的にファンドが目指す内部収益率(IRR)は20%以上。ヒットの果実を現場スタッフへ最大30%まで成功報酬として還元する仕組みも導入した。
三菱UFJ銀とDBJの役割は、資金供給だけにとどまらない。映画ビジネスが外部からの資金導入に耐えられるような規律付けや、体制整備もサポートする。
三菱UFJ銀は、週に1回、K2 Picturesに行員を派遣している。映画製作の予算管理や資金繰りを金融の目線で支えると同時に、製作プロセスで生じるリスクや商慣習を組織的に学習し、「目利き力」を養うためだ。中川氏は「適切な融資や投資ができるようになれば、銀行としてもビジネスが拡大し、映画も産業としてうまく循環する」と話す。
両行が目指すのは、短期的な収益機会ではない。映画ビジネスのリスクを見極めた上で、将来的に新たなファイナンスの手法を確立し、それを広げるノウハウを得ることだ。欧米や韓国で一般的な、作品の完成を保証する「完成保証」を活用したファイナンスを標準化できれば、日本の映画製作に、出資だけに依存しない、よりダイナミックな資金調達への道が開ける。
映画ビジネスの生態系を巡って取り組みを進める金融機関は両行に限らない。みずほ証券は、コンテンツ企画会社のクエストリーと組み、アニメ映画製作費の調達を目的としたファンド設立に動いている。
1作品当たり8億円程度の製作費を想定し、製作委員会以外の投資家から資金を募る試みは、コンテンツ産業全体を金融のプラットフォームに乗せようとする業界の潮流を裏付けている。
創造性を尊ぶ映画と、規律を重んじる金融。水と油に見えた両産業の融合は、日本映画を世界に羽ばたかせることができるのか。大きなチャレンジが始まっている。
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