米国が自由貿易を通じて中国をリベラルな民主主義国家へと転換させられると期待したことは、今や間違いだったと広く受け止められている。

中国共産党は過去40年にわたり、長期的な戦略を隠したことも転換したこともなく、経済発展に集中してきた。目的は、国内での一党支配を強化し、中国の対外的影響力を高めることだった。経済改革は全体主義を弱めるどころか、むしろ再活性化させた。

この事実を嘆いたり、米国の歴代大統領が中国の戦略を見抜けなかったと批判したりする必要はない。米国は自国の経済・政治体制を強化するために中国が用いた手法を模倣すべきだ。模倣は賛辞ではなく、究極の「報復」と言える。

中国指導部は1970年代後半に毛沢東初代国家主席が死去し、鄧小平氏が実権を握って以後、米国主導のリベラル秩序に挑戦する決意を公然と示してきた。

鄧氏は89年6月に民主化運動を武力で鎮圧した後、もし一党支配を放棄すれば中国は西側の「従属国」に堕するだけだと警告した。

その数カ月後、鄧氏は中国の長期的戦略目標を「ヘゲモニーと強権政治への反対」「新しい国際政治秩序と新しい国際経済秩序の構築」にあると定義した。強権政治とは、つまり米国の世界覇権を指している。

鄧氏および後継指導者の主要な政策方針は常に公表されており、米国の情報機関が見逃したとは考えにくい。一方で、90年前後の米政策立案当局が、そうした中国側のレトリックを軽視していたことは十分考えられる。

90年代初頭、米中の経済格差は極めて大きく、92年時点で中国の名目国内総生産(GDP)は米国の6.5%に過ぎなかったため、中国をリベラル世界の秩序に取り込むことはリスクの低い取り組みに思えた。

 

しかも、真の意味で米国の過信は中国とは無関係だった。2001年にブッシュ(子)政権が発足すると、それまで中国のGDPはドルベースで米国の13%しかなかったが、大統領の側近らは急成長する中国の影響力を重大な脅威とすぐに位置付けた。

それにもかかわらず、同じ側近らはイラクでの体制転換を追求する道を選んだのだ。

アフガニスタンとイラクでの「永遠の戦争」には最終的に推計3兆ドル(現在の為替レートで約470兆円)が費やされ、米国を10年にわたる泥沼に陥れた。その一方で、中国は米国との格差を劇的に縮めた。

本物の「米国第一」

ブッシュ政権2期目の終わりまでに、中国のGDPは米国の32%に達した。それは、米国が注意をそらしていた結果だった。

トランプ大統領の政権1期目は、歴代政権の「甘さ」を激しく批判し、あらゆる局面で中国と対決する姿勢を示した。そうした発想も理解はできるが、やはり誤りだ。

歴代政権の責任追及では米国が直面する課題を解決できず、絶え間ない対立は破滅的衝突のリスクを高めるだけだ。

より良いアプローチは、鄧氏の洞察を理解することだ。1978年末に権力を掌握した鄧氏は、安定の回復こそが経済近代化の前提条件だと見抜き、基本方針を「混乱を収め、正しい道に戻る」と定めた。

米国も今はまず、自国の立て直しが必要だ。産業基盤の再構築や科学技術への投資拡大、教育制度の改善、持続不可能な財政赤字の縮小がその核心だ。

米国のリーダーは、鄧氏と同様に長期的な国力の再生に焦点を絞りつつ、短期的には柔軟な戦術を採用すべきだ。

中国を民主化させるという壮大な期待や、1990年代の米国覇権を再現するという考えは捨て、2025年10月にトランプ氏が中国共産党の習近平総書記(国家主席)ととりまとめた貿易対立を巡る休戦のような、その場をしのぐディール(取引)を活用する方がよい。

米国はこうしたディールを決定的勝利と主張できないが、競争関係におけるバランスを相対的に安定させ、重要鉱物の禁輸や貿易断絶といった巨額の損失につながる事態を回避できる。

こうした戦術的柔軟性が対中融和に陥ってしまうのではないかと危惧する向きもあるだろう。しかし、緊張を抑えるには慎重な譲歩だけでなく、高関税や新たなテクノロジー輸出規制といった実際の脅しも不可欠だ。

中国は敵対する勢力の小休止を利用して自らの能力を高めるだろうが、米国も同じことをしなければならない。科学技術分野での米国の優位性は急速に低下している。米国がリードし続ける唯一の方法は、本物の「米国第一」戦略を採ることだ。

それは、政治的安定と効果的なガバナンス(統治)、戦略の迷走回避を優先するもので、鄧氏が「中国第一」の近代化を進めた際に最も重視した点でもある。

そのためには、現在の政策を見直す、あるいは反転させることさえ求められる。研究と高等教育への連邦支援を削減するのではなく、大幅に拡大すべきだ。

米国立科学財団(NSF)によれば、研究開発(R&D)ファイナンスにおける連邦政府の比率は12年の28%から22年には18%へと低下した。この傾向が続くなら、昨年のR&D費で中国との差がわずか400億ドルにまで縮まった状況で、米国が技術的優位を維持できるとは想像し難い。

クリーンエネルギー分野への政府支援も急務だ。中国が大きな存在感を示すこの分野への支援は、削減ではなく、むしろ強化すべきだ。

そして、勤勉な移民を呼び込むことができれば、急速に高齢化が進む中国に対し米国が持つ人口動態上の優位を維持できる。

トランプ政権が高度な専門知識を持つ外国人を米企業が雇用するためのビザ(査証)「H-1B」の制限措置を実施すれば、人工知能(AI)や量子コンピューティング、新素材などの重要な新興テクノロジーで米国が後れを取るリスクがある。

非常に多くの内政問題を抱えている米国は、国外での軍事的失策は絶対に避けなければならない。ベネズエラの体制転換という試みで失敗すれば、中国共産党にとっての新たな僥倖(ぎょうこう)に他ならない。

中国の経験から米国が学ぶべき最も重要な教訓があるとすれば、それは長期戦は有効ということだ。

鄧氏はかつて米国の実力に大きく劣っていた中国は「韜光養晦(とうこうようかい)」、つまり、才能を隠して力を内に蓄える必要があるとのスローガンを掲げた。今度は米国がそうした戦略で好機をうかがう番だ。

(ミンシン・ペイ氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、米クレアモント・マッケナ大学の行政学教授です。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:Want to Make America Great Again? Try Copying China: Minxin Pei(抜粋)

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