年末年始は何かと物入りという方は多いだろう。筆者も忘年会の軍資金のためにいつもより混んでいる銀行のATMに並んだ。引き出してみると、心なしか旧千円札が多い気がする。
翌日、別件のためにATMで引き出すとやっぱり旧千円札が多い。旧銀行券であっても、新銀行券であっても問題なく使うことはできるが、気のせいだろうか、それとも理由があるのだろうか。
年末年始の長期休暇に備えて手元の現金を多めにするケースは多いだろう(例えば、お年玉は現金)。まずは、これを確認するために日本銀行(以下、日銀)のHPを見ると、「通貨流通高」のデータが掲載されている。
早速、千円札のデータをダウンロード。一万円札にしなかったのは、タンス預金などを考慮すると市中で実際に流通している現金量は、通貨流通高を下回ると考えられるためである。
千円札の場合は、少額決済に用いられるため、通貨流通高と市中で実際に流通している現金量の乖離は一万円札より小さいと考えた(最も馴染み深いことも理由の一つ)。
2015年1月~2025年11月の月次データを見ると、年に2回、通貨流通高に角が生えたように跳ね上がる月があり、高い方は12月、低い方は4月に起きている。
12月が1月~11月までの平均よりどれくらい多いかを計算すると、最も多い年で7.7%、少ない年で3.7%、10年間の平均では6.1%であった。
次に通貨流通高の内、新銀行券と旧銀行券の割合はどうなっているのか。これは残念ながら直近のデータはなく、日銀が発行している日銀レビュー「新しい日本銀行券の流通状況について」(2025年7月)から推計する。
新銀行券の発行は2024年7月3日、このレポートでは2025年6月末時点で新銀行券は銀行券発行残高のうち約30%となっている。
2025年12月は新銀行券の発行の1年半後のため単純に引き延ばして、新銀行券の割合を45%と仮定する。
12月に通貨流通高が増えないならば、これを100とすると新銀行券が45、旧銀行券が55となる。
12月は1~11月の平均より通貨流通高は6.1%多く、この分を旧銀行券で補うと仮定すると旧銀行券の通貨流通高は61.1、新銀行券を加えた全体は106.1となる。通貨流通高に占める旧銀行券の割合は57.6%となって2.6ポイント高くなる。
僅か2.6ポイントの差なのに旧千円札を多く感じたのは気のせいだろうか?
通貨流通高には市中銀行が保有している分が含まれている。市中銀行は我々が取引している普通の銀行、日銀は市中銀行の銀行であり我々とは直接取引は行わない。
市中銀行は、現金が必要になると自行の日銀の口座(日銀の当座預金口座)から現金を引き出し、現金が余ると自行の日銀の口座に現金を預ける。
今は、旧銀行券から新銀行券への移行期なので、市中銀行は日銀への預け入れには旧銀行券を用い、引き出す場合は旧銀行券+新銀行券となることで移行が進む。
この仕組みを踏まえると、日銀から引き出される際の新銀行券の割合は、通貨流通高の割合よりも高くなるはずである。
実際に、皆さんがATMから引き出す際に感じる新銀行券の割合は、45%より高いのではないだろうか。
年末は例月よりも通貨流通高が多いため、市中銀行が日銀から引き出す際に旧銀行券が含まれる割合は高くなるだろう。
私は日銀から市中銀行と繋がるフローの最終段階としてATMから引き出すので、旧千円札が多いと感じた可能性が考えられる。
残念ながら、この仮説を実証するのは難しく、経済的・社会的な大きなインプリケーションはない。新銀行券への移行が進んで来年末に新銀行券の割合が75%に達すると仮定すれば、その時はATMで野口英世氏(旧千円札)に会えない可能性が高くなる。
私にできることは、明日もATMで千円札を引き出してみること。同じ傾向が続くのなら知的好奇心が満たされ、例年より少し楽しい新年を迎えられる気がする。
※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 上席研究員 新美 隆宏
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