消費者はAIに消費の判断をどこまで委ねるのか
1|Amazon Rufusのリリース──号砲が鳴ったショッピングAIアシスタント
2025年は、消費の現場において生成AIが本格的に浸透し始めた節目の年となった。
今後、生成AIが消費の接点に入り込み、検索・比較・選択・購入といった消費者の意思決定プロセスそのものに介入するようになれば、消費者行動はこれまで以上に大きな変化を迎えると思われる。
消費者が何を買うのか、どの情報を信頼するのか、そしてどこまでAIに判断を委ねるのか、こうした領域は、生成AIの浸透とともに今後さらに揺れ動く可能性がある。
こうした環境の中で、大手ECのAmazon.comは、利用者の商品比較や選定をサポートするAIショッピングアシスタント「Amazon Rufus(ルーファス、以降“Rufus”)」をリリースした。
米国では2024年7月に全ユーザーへ展開され、日本でも2025年7月に提供が開始されている。Rufusの登場は、その新しい流れの号砲とも言える出来事であり、AIが購買の前処理から最終判断まで伴走する未来を現実のものとして示しつつある。
2|ECサイトの中に常駐する「AI販売員」~Amazon Rufusとは何か?
Rufusは、Amazonが保有する膨大な商品カタログ、カスタマーレビュー、コミュニティQ&A、そしてWeb上の信頼できる情報を統合して学習した、会話型のショッピングアシスタントである。
ユーザーはAmazon.comのトップ画面のナビゲーションバーにある「Rufus」ボタンをクリックすると、ページにチャットウィンドウが開き、AIとの対話が始まる。
従来どおり、検索バーに商品名やキーワードを入力して検索することもできるが、Rufusはその検索機能と連動しながら動作する。Rufusが会話形式で質問に答えて理解を深め、検索バーは関連商品の一覧を提示するという役割分担がなされている。
言わば、Rufusは「チャットができる検索バー」ではなく、ECサイトの中に常駐して接客を行う「AI販売員」として振る舞う存在とも言えるだろう。
3|Amazon Rufusの接客を受けてみる──相談チャットに見る「AI店員」の現場
実際に、Amazon Rufusは販売員としてどのように振る舞うのだろうか。そのやり取りを見ていくことにする。
ヘッドセットの購入を検討しているサイト利用者(筆者)が、まず
「ヘッドセットが欲しいのですが」
と切り出す(チャットする)と、Rufusはすぐに商品リストを提示するわけではない。代わりに、次のように用途や条件を丁寧に聞き出してくる。
「どのような目的で使用されますか?(ゲーム、Web会議、音楽鑑賞など)」
「有線・ワイヤレス、どちらかご希望はありますか?」
「どのくらいの予算をお考えですか?」
それに対して、
「主に目的は、WEB会議です」
と答えると、Rufusは次のようにニーズを整理する。
「複数人での会議にはスピーカーフォン、画面共有が必要ならWebカメラ、個人での会議にはヘッドセットがおすすめですが、そちらは検討されますか。」
このようなやり取りによって、最初は曖昧だった「ヘッドセットが欲しい」というニーズが、「Web会議」「1人」「オフィス」「ノートPC」「予算5,000~15,000円」といった利用シーンが具体化されていく。
続けて、より評価(ユーザーレビュー)の高い商品に絞り込みたいと思い、
「他の方々のユーザーレビュー(評価)が高い商品はどれでしょうか?」
と尋ねると、Rufusはレビュー情報を要約し、快適性・音質・接続安定性などの評価軸を提示する。これにより、利用者は「どう比べればよいか」という「物差し」を手に入れ、その基準に沿ってRufusが複数の商品をおすすめとして示してくれる。
ここで少し意地悪な質問として、
「この、あなたがトップで推奨しているこのヘッドセット商品Aは、私に、必ず適していると思いますか?」
と聞いてみたところ、Rufusは
「それは個人差がありますので必ずとは言えません。ただ、多くの人がこの商品を支持しています」
と答え、リスクに配慮しつつも、そっと利用者の背中を押してくる。
さらに続けて、
「たとえ購入後に困ったことが生じても、Amazonには返品できる期間がありますので…」
と返品ポリシーへのリンクを説明しながら、利用者を自然にクロージングへと誘導していく。
このようにRufusは、単に商品を並べるAIではなく、消費者と接しながら「今、何をどう考えればよいか」というステップを意識した、店舗に実在する店員さながらの役割をインタラクティブに果たしていく。
従来の生成AIとショッピング特化型AIとの違いは何か
1|ショッピング特化型AIの機能~「検索」「比較」「Q&A」など必要な支援を会話形式で再構成
Amazon.comは公式に、Rufusを「アプリとWeb上で使える、生成AI搭載の会話型ショッピングアシスタント」として、利用者の買い物や商品についての会話を経て、より良い判断を助ける存在と説明している。
従来のEC体験では、検索バーにキーワードを入力し、絞り込み条件を設定し、複数のタブで商品ページやレビューを読み比べ、別ページで返品条件を確認するなど、ユーザーの自力操作が前提となっていた。
Rufusは、これら一連の機能を1つのチャットに集約する「ハブ」として振る舞う点に大きな違いがある。
つまりRufusは、「検索」「比較」「Q&A」「カスタマーサポート」というECの主要機能を、一つの会話体験として再構成した新しいフロントエンドであると言えるだろう。
2|ショッピング特化型AIの機能~学習データとアーキテクチャの特化
このように、Rufusはショッピングに関わる多様なデータや検索機能、外部ツールを統合し、生成AIを介して動作することで、高度なショッピングアシスタントとして機能している。
Amazon Web Services(AWS)公式ブログによれば、RufusはAmazonの商品カタログ、カスタマーレビュー、コミュニティQ&A、そして関連するWeb情報といったショッピング特化データを学習し、検索と生成を組み合わせたRAG構造で設計されている。
これらのデータは強力で、ヘッドセット購入時の会話例では紙幅の都合で省略したが、実際には特定ブランドのマイク数やスピーカー構成、Amazon限定モデルの有無、USB-C/A対応といった詳細仕様まで補足するなど、商品ページの深部にある情報を引き出して説明する能力が確認できる。
さらにRufusは、商品ページ、検索バー、画像検索(Lens)、価格アラート、自動購入機能などと密接に連携している点も特徴的である。
最新の30日・90日間の価格履歴を可視化し、「今の価格はお得か」を判断できるようにされているほか、価格が指定値まで下がると通知する「価格アラート」、そして「〇〇の旅行に必要なもの一式」など、目的起点でリストを生成し、そのままカートにまとめて追加する機能なども実装されている。
こうしたデータ活用と機能連携により、Rufusは単なる検索補助ではなく、消費者に適した情報の抽出・比較・推薦・購入まで消費者行動を一気通貫で支援するECの総合アシスタントへと進化しつつある。
2026年は、消費と消費者行動へのAIインパクトが本格的に拡大する年へ
1|「賢い消費」を模索する2025年の消費者~生成AI等のテクノロジーへの期待
「Wiser Wallets(賢い消費)」とは、長引く不安定な経済環境や物価上昇の中で、価格に敏感になりつつも、「単に安い」よりも付加価値や信頼性を重視する戦略的な消費スタイルを指す。
マクロの家計消費データを見ても、「何を削り、何を守るか」について家計内で選別する傾向が見られており、こうした動きから、物価上昇や不安定な社会・経済環境の中で、消費者が情報収集に裏打ちされた「後悔のない消費」や「確かな情報に基づく選択」=賢い消費行動を模索する姿が浮かびあがる。
先行研究では、物価高と不確実性が続く中で、消費者は価格比較アプリやAIレコメンドなどのテクノロジーを活用しながら、情報収集を行い、支出の最適化を図ろうとする動きが広がっているとされる。
こうした技術に対する期待から、AIによる支援を前向きに受け止める姿勢が広がりつつあることが伺える。
2|日本の生成AIの主利用は、依然として「調べるためのツール」
2025年において、生成AIとは、主に消費者に「何かを調べてくれる、情報を与えてくれるツール」であった。
実際、2024年の総務省のAIの利用に関する調査によれば、生成AIの利用率も全体の26.7%にとどまるが、全体の1割強が調べものにAIを使い、1割がコンテンツの要約や翻訳の用途で活用している。
一方、自分の好みに合った提案をAIから受け取る利用者は2割未満にとどまっている。
旅行のスケジュール管理、病気や健康のアドバイスなどをAIに任せる行動も同様に3%未満に留まっており、実際の消費において、自らの消費判断をAIに委ねるような使い方はまだまだこれからの状況である。
しかしRufusのように、消費者の購買プロセス全体に生成AIが深く介入し、ECプラットフォームに埋め込まれたショッピング特化LLM(Large Language Model/大規模言語モデル)が大手ECサイトに登場したことで、今後は、ChatGPTなどの汎用AIとは異なる「実際にモノを買うAI」の存在感が広がることが予想される。
これまでも従来型の機械学習AIは、「平均的な消費者像」に留まらない、多様なターゲットに対するマーケティングを可能にしてきた。
一方、Rufusのように膨大なコマースデータと個々の顧客情報を統合するエージェントAIは、「消費者の良きパートナー」として機能し、本人でさえ気づいていない購買行動の複雑性を読み解き、最適化された価値提案を行う可能性を秘めているとも言えるだろう。
3|顧客に寄り添う存在になれるか~利便性や最適化が進む一方、慎重に向き合うべき論点も
Rufusという名前は、かつてAmazon.comのオフィスにいたウェルシュ・コーギー犬の名に由来する。
飼い犬のRufusは倉庫を歩き回り、会議にも頻繁に参加する従業員のマスコット的存在であったという。そのDNAを引き継ぐ形で、現在のAIとなったRufusも顧客に寄り添う存在として位置づけられている。
しかし同時に、Rufusに限らず、エージェント型AIが消費者に極めて近い位置で行動を支援するようになることは、消費者行動の観点から新たなリスクも生み出すとも考えられる。
たとえば、このようなショッピングAIの一部のユーザーからは「商品を『おすすめ』はしてくれるが広告と推奨の境が曖昧なのではないか、という指摘も見られており、利便性や最適化が進む一方で、消費判断の自動化、商品選択の誘導、消費生活における依存・拡大など、慎重に向き合うべき論点が見え隠れする。
※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 生活研究部 准主任研究員 小口 裕
※なお、記事内の「図表」と「注釈」に関わる文面は、掲載の都合上あらかじめ削除させていただいております。ご了承ください。



